Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
一方、池上町の生田兵庫らは、食人種や他グループとの抗争を繰り返しながら、各地を転戦し、廃墟と化した店舗跡において、壊物…もとい「買い物」を済ませた。戦闘に際しては、塔樹無敎のレールガン小銃が大いに役立ったほか、斎宮星見の電戟ラケットも修理して再起動され、事態は有利に打開されつつあった。因(ちな)みに、この「電戟ラケット」は、文字通りターゲットを直接感電させる戦法のほか、帯電した手榴弾をテニスの要領で遠方に飛ばしたり、実はサバイバルナイフを仕込んであったりと、やたら多機能である。なお、生田兵庫はサッカーボールに爆弾を搭載した。本当に天才だよ、君達。かくして、当面の生活必需品を無料で確保した一行の、次の目標は…。
生田兵庫「bed inする場所が必要だよね」
斎宮星見「は?」
塔樹無敎「生田君、気でも狂ったんじゃないのか?」
生田兵庫「いや、真面目な意味で…どこで寝泊まりするの? さっき突入した業務用スーパーは、死体だらけだよ?」
斎宮星見「ついでに衛生のため、建物ごと焼いちゃったからな…」
塔樹無敎「これから毎日、食人種を焼こうぜ…じゃなくて! 長栄山まで登れば、本門寺に保護して頂けるかも知れないが、太陽の角度から観て、恵坂(めぐみざか)に到達する前に、日没を迎えてしまうだろうな」
生田兵庫「じゃあ、この近くで探すしかないか…あ、あの廃墟はどうかな?」
斎宮星見「ん?」
呑川に架かる、崩壊し掛けた鉄橋の近くに、小さな木造建築が見える。恐らく、数十年前の物だろう。荒らされた形跡はなく、ただ薄汚れた看板が、往時の名前を伝えている。
生田兵庫「…これは店名かな? 何か書いてある。あ…アプリコ?」
斎宮星見「おい英文科、解読してくれ」
塔樹無敎「『Aprikosen Hamlet』、直訳すれば『杏子(アンズ)の小村』になる。Aprikoseはドイツ語で、英語ならばapricotだな。Hamletは戯曲のタイトルでもあり、シェークスピアの悲劇として、芸術文学界にその名を知らぬ者は居まい」
『ハムレット』などの悲劇に対して、シェークスピア(Shakespeare)のファンタジー喜劇であり、メンデルスゾーン(F. Mendelssohn)の「結婚行進曲」で有名なのが、かの超大作『真夏の夜の夢』である。「この名高き標題を、悪趣味な性嗜好に弄(もてあそ)ぶのは、偉大な先人に対する冒涜(ぼうとく)も甚(はなは)だしく、到底許されるべき行為ではない!」…などと、寿能城代が以前一人でイキり立っていたが、そんな事は誰も気にしない。
斎宮星見「『アプリコーゼン ハムレット』か、何とも微妙なネーミング…」
生田兵庫「でも、僕達の『秘密基地』には、丁度良いかも知れないよ?地味だからこそ、目立たないし」
塔樹無敎「潜入して見る価値はなきにしも非ず、だ」
「アプリコーゼン」と仮称する事にした木造廃墟を、各々の武器を構えながら調査する一行…だが、「先客」と遭遇するまでには、多くの時間を要しなかった。
生田兵庫「待って、奥に誰か居る!」
塔樹無敎「食人種かも知れない、いつでも交戦できるようにしておけ!」
斎宮星見「了解! おい、誰か居るのか?」
言語による返事はなく、代わりに銃声が返って来た。
斎宮星見「撃って来たぞ! 大允、発砲許可を!」
生田兵庫「了解! 撃ち方…」
塔樹無敎「いや、待て! 小銃を扱えるという事は、中に居るのはヒトだ。食人種ではない」
生田兵庫「交渉してみる?」
斎宮星見「ああ…中の人、俺達は敵じゃありません! 助け合って、共に生き残りましょう! 水とか生活アイテムも結構あるんで、分ける事もできますよ?」
すると今度は、日本語の返事を聴くと共に、奥から二人ほどの気配を感じ始めた。
﨔木夜慧「…水、ですか? この情況下で生き残るためには、一日に約60ℓの水が必要ですよ」
美保関天満「いや、それは多過ぎだろ」
二人の姿を目にした一行は、ただただ驚いた。そして、頭を整理しながら口を開く。
生田兵庫「あ…あなたはまさか、第三中隊のエリート将軍、美保関大宰少弐様ですか…!」
斎宮星見「み…美保関少弐? 御台場の戦いで『戦場の文殊菩薩』と讃えられた英雄にして軍神が、何故こんな所に…?」
﨔木夜慧「美保…あなた、自分の戦績を15センチ盛ったでしょ?」
美保関天満「いや、それは皆が勝手に考えた伝説だから…て言うか、60とか15とか46とか、長門は毎回どこから適当な数字を持って来てるの?」
﨔木夜慧「適当じゃないよ!『人間は一日に約60ℓの水を必要とします』って、士官学院の試験にも書いてあったんだから!」
美保関天満「はぁ…重症ね、夜慧」
塔樹無敎「しかし、少弐殿は東京湾で交戦中だったはず…如何なる因果で、ここまで来られたのか?」
美保関天満「話せば長くなります。あの後、中央防波堤から平和島に撤退して、更に羽田空港へと向かう途上、ラプターのスタビライザーを撃たれて…」
ステルス戦闘機「ラプター」のコントロールを維持できなくなり、加えて脱出装置を破壊された美保関少弐は、﨔木長門にサポートされながら不時着を試み、無事に着陸を成功させた。しかし、降り立った地は大森の内陸で、生田兵庫らと同様に、孤軍奮闘と試行錯誤の末、このアプリコーゼンに辿り着いたのであった。
﨔木夜慧「…ま、そんなわけで宜しく。俺は﨔木長門。真名は『夜慧』だけど、軽々しく呼ぶなよ。別にお前達の事が気に入ったわけじゃないけど、人間同士で殺し合ってる場合じゃないし(死)ね///」
斎宮星見「俺は斎宮星見だ。お前みたいな強気な奴、嫌いじゃないぜ…って、机の下に誰か居るぞ!」
異常を察知した生田・斎宮・塔樹は一斉に武器を構えたが、事実を知っている美保関少弐と﨔木長門は、急いで止めに入る。
美保関天満「待って! この人は敵じゃない!」
机の下に倒れていた者の正体は、すぐに判明した。
十三宮顕「…騒がしいな…課金しようよ…」
生田兵庫「せ…先生?」
十三宮顕「…ん? ああ、生田君か…今日は休み、講義も演習もなかったはずだよ? 私は家に帰って『学園偶像祭(スクフェス)』をplayするので、寝る…」
美保関天満「はぁ…まだ寝惚けているんですか? 叩き起こすしかないみたいですね…」
塔樹無敎「や…やめろ、やめるんだ少弐殿! そんな事をしてはいけない!」
﨔木夜慧「タイムラインに晒そうっと」
斎宮星見「…いや、何で俺を撮ってんだよ? そもそもネットつながらないだろ!」
美保関天満「まずは、上半身をですね…」
作品名:Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変― 作家名:スライダーの会