【短編集】人魚の島
人魚の島
1
──死んでいなかったのか、自分は。
目を覚ました少女は、深い吐息をつく。
粗末な小屋のなか。乾いた潮の香りと吐き気をもよおすような腐敗臭。寄せては返す、穏やかな波の音。海鳥の鳴き交わす声がかしましい。
羽目板の壁の隙間から蜂蜜色の陽射しがこぼれ落ちてくる。地面に干し草を敷いただけの粗雑な床に、ねじれた帯のような細長い陽だまりができていた。
干し草を高く盛って整えた寝台に少女は寝かされていた。肘をつき、上半身を起こす。
小屋のなかには住人がいた。
ボロボロの汚らしい上衣を身にまとった痩せた男が、テーブル代わりの木箱のそばにあぐらをかいて座っている。
男は隻眼(せきがん)だった。落ちくぼんだ左の眼窩(がんか)に眼球はなく、白く色を塗り、真ん中に黒い点を打っただけの木製の玉が、その空隙にすっぽりと収まっていた。縁の欠けた椀から泥のような色をした汁を匙ですくい、黄ばんだ大きな歯でボリボリとかみくだく。その耳障りな音が、小屋のなかに大きく響く。
少女に気づいた男は口許についた汁をぬぐい、微笑らしきものをおずおずと浮かべる。壁の隙間から迷いこんできた潮風のかけらが、野放図に伸びた男の白髪を音もなく、はためかせた。
口を開きかけた少女をやんわりと手で制して、男は物静かな口調で言った。
まっすぐに〈人魚の島〉を目指せ、と。
さらに男は、こうも告げた。
おまえの魂はそこで救われるだろう──