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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ルナティック・ハイ

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 瑠流斗がリボルバーを片手で構えた。
 呪弾が叫び声をあげる。
 しかし、狙いを外れて掠ることもなかった。
 オートバイを運転したまま、動く物体に狙いを定めるのは至難の業だった。増してやリボルバーでは連射ができず、狙いを付けづらいデメリットがあった。
 連射ができない要因は他にもある。呪弾は撃つたびに瑠流斗の手を犯すのだ。
 オートバイに乗ったままでは弾の交換もままならない。
 再び瑠流斗はリボルバーを構えて撃った。だが、また呪弾はどこかに消えた。
「……雨の日は特に調子が悪い」
 土砂降りと暗い闇に紛れて、瑠流斗は白い息を吐いていた。その唇は紫色をしている。なんらかの体調異常をきたしていることは明らかだ。
 リボルバーを構えた瑠流斗の手は微かに震えていた。
 今度は時間をかけて狙いを定めた。
 しかし、呪弾は瑠流斗を嘲笑うように狙いを外れ、交差点を横切ろうとしていたタンクローリーに当たった。
 高圧ガスが一気に大爆発を起こした。
 激しい爆発音は鼓膜を震わせ、炎を山が辺りを明るく照らし、シルバーの車がハンドル切ってスピンした。
 次々と起こる玉突き事故。
 濡れた道路にガソリンが漏れ、飛び火が引火して辺りは一瞬にして火の海となった。
 ガソリンが垂れ流していた車が爆発した。
 大事故となったこの場から、シルバーの車は再び逃走しようとしていた。
 呪弾が叫ぶ。
 ついに弾丸はシルバーの車に当たった。だが、トランクを腐食させただけだ。
 リボルバーを握っている手は紫色に変色して、皮膚が崩れはじめていた。
 仕方なく瑠流斗はリボルバーをしまって、シルバーの車を追った。
 車の間を縫うように走るオートバイは、すぐにシルバーの車に追いついた。
 シルバーの車の少し前に出て、瑠流斗はハンドルから両手を離すと、そのままボンネットに飛び乗った。
 運転手が眼を剥いた。その首に突きつけられている闇色の刃物。そして、それを握っている影は後部座席にいた。
「奴を振り落とせ!」
 雄蔵が叫んだ。
 蛇行運転をはじめた車のボンネットにしゃがみ込む瑠流斗。足場が濡れていてバランスが悪い。
 瑠流斗は拳に力を込めてフロントガラスを殴りつけた。ガラスは割れずに蜘蛛の巣のようなヒビが入った。2度目のパンチで穴が開き、その隙間からガラスを引き剥がした。
「決して逃がしはしない、地獄の果てまでもね」
 瑠流斗は運転手を掴み、ボンネットに引き出した。
 急に車がバランスを崩してスピンする。
 そして、そのまま後ろを走っていた車に追突された。
 瑠流斗は座席の頭を掴んで衝撃に耐えた。だが、座席を掴んでいた手に痛みが走った。
 黒い血が噴き出す。
 闇色の刃物を握った雄蔵が瑠流斗に襲い掛かる。
「死ね!」
 すぐに瑠流斗は躰を捻ってボンネットの上を転がった。
 しかし、闇色の刃物が刺すのは瑠流斗ではない――その影だ。
 躰は躱したが、影までは避け切れなかった。
 瑠流斗の肩が血を噴く。
 塞がることのない傷を左肩と右手に受けた。
 雨と混ざった血がボンネットから垂れる。
 瑠流斗の眼が霞む。
「雨さえ降っていなければ……」
 苦虫を噛み潰したような表情で瑠流斗は漏らした。
 雄蔵が瑠流斗の影に襲い掛かる。
 上手く躱そうとするが、影は思い通りに動かない。瑠流斗の躰から次々と血が噴き出す。徐々に瑠流斗は追い込まれていた。
 視界だけでなく、意識までも霞みはじめた。
 サイレンの光が近づいてくる。パトカーの音がする。
 雄蔵は瑠流斗を置いて再び逃げようしていた。
「……逃がすか」
 眼を細めながら瑠流斗は呪弾を撃った。
 土砂降りの雨の中を叫び声が駆け巡った。
 女が叫び、男が呻き、子供が泣き、老人が下卑た嗤い声を発する。
 呪弾はアスファルトの地面に当たった。
「ギャァァァァァッ!!」
 人間とは思えぬ絶叫。
 呪弾がヒットした場所には、雄蔵のシルエットはなかった。
 しかし、怨霊は雄蔵を犯した。
 地面でのたうち回る雄蔵のシルエット。
「グギャッ……ガアア……なぜだ……ググ……なぜ……?」
 影しか見えなくても、雄蔵が苦しんでいる様子はありありとわかる。
 瑠流斗は血を滴らせながら、冷酷な瞳で雄蔵を見つめた。
「貴様はしょせん影だった。目に見えない隠された本物を撃ったまでだ」
 瑠流斗が提唱していた疑問。
 ――生まれたときから影なのか?
 その問いは雄蔵、あるいは源三郎に対してのものではなかった。彼らの一族がこの世に存在した瞬間から、影なのか否かを問うたものだった。
 雄蔵も、おそらく源三郎も知らなかった事実。影はやはり投影だったのだ。つまり、肉体は別にあったのである。
 影と常に行動を共にしていた真の本体。それは眼に見えず、雄蔵の傍らにいた。瑠流斗はそれを撃ったのだ。
 影はやはり、それ単独では存在できなかった。
「……私は……私はいったい……何者だったん……だ……」
 それを最後に地面の黒い染みは動かなくなった。
 遠くだったサイレンが、すぐ近くまで迫っていた。帝都警察が来る。
 瑠流斗は闇に溶けるように姿を消した。

 翌日の朝、瑠流斗は何事もなかったように朝食の準備をしていた。
 負わされた傷はすべて完治している。戦いの痕はなにひとつ残っていない。
 料理をしながら瑠流斗はコーヒーを口に運んだ。
「なぜか今日のコーヒーは美味しい……」
 そして、静かでとても穏やかな朝だった。こんな朝は久しぶりかもしれない。
 テレビの音が聴こえてきた。
 どうやらタンクローリー炎上のニュースと、カーチェイスのニュースがセットになっているらしい。容疑者はシルバーの乗用車を運転していた男。可哀想に完全な誤認逮捕だ。
 続けて影山物産が画期的な商品を開発したというニュース。海外に出張中の会長からコメントが届いているらしい。
 雄蔵がいなくなった今でも、偽者が会社の顔となっている。けれど今、偽雄蔵を影から操っているのは雄蔵本人ではなく、現役復帰した源三郎らしい。
 食事をテーブルに並べ、瑠流斗は席に着いて不思議な顔をした。
「なんで今日はこんなにも静かなんだろう」
 瑠流斗はすっかり忘れていた。
 その頃、某所の貸し倉庫の中で、アリスは泣きそうな顔をして主人の帰りを持っていた。
「瑠流斗さまぁ〜……ぐすん」
 主人が迎えに来るのはいつのことだろうか……?

 影踏み(完)