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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ルナティック・ハイ

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影踏み06 輝ける悪魔


 存在しない人間の痕跡を辿るのは容易ではない。
 生まれたときから影である存在。戸籍上は存在しているが、戸籍を辿っても本人には行き着かない。
 手がかりだった医者は死に、ケータイも持ち去られてしまった。
 しかし、まだ手がないわけではない。
 かつて帝都を賑わせた伝説のハッカーと聞いて、少しでもその手の話に興味がある者ならば、フェアリーテールというハンドルネームを上げるだろう。一時期、捕まったという報道がされたが、その真意は定かではなく、死亡説やツインタワーの情報屋がそいつだという噂もある。
 だが、マニアの間や裏社会の通じた者ならば、別の名を挙げるだろう。ルシフェル――それは実在するかもわからない、ハッカーのハンドルネーム。その名を知っていても、存在を信じる者と噂話だと笑う者がいる、まさにこちらこそ伝説に相応しい存在だ。
 フェアリーテールが派手な活動をしていた時期、その陰に潜みハッキング活動をしていたというルシフェル。フェアリーテールがハッキングの証拠をワザと残し、自分の存在を誇示していたのとは対照的に、ルシフェルはその存在を世に決して出さない。そのため、どんなハッキングをしたのか、それはすべて推測の域を出ず、ルシフェルの存在自体が疑われている要因となっている。
 謎の存在だったルシフェルの名が世に出てしまったのは、とある掲示板にフェアリーテールと名乗る者が書き込んだ内容。その書き込みよると、彼はネットワーク上でたまたまルシフェルと遭ったのだという。だが、その書き込みの真意は今もわからない。
 瑠流斗は一等地に立つ高級マンションに来ていた。
 訪れた部屋は1階の角部屋。ネームプレートは出ていない。
 ドアの鍵はカードキーだった。それは瑠流斗に好都合である。挿して回す鍵のほうが、よっぽど偽造が大変だ。
 鍵を開けて瑠流斗は一気に踏み込んだ。
 部屋の中は暗い、そしてテレビの音がした。
 真っ暗な部屋で消し忘れたテレビ。いや、消し忘れたのではなく、見ている者がいるのだ。
 何者かの声が闇に響く。
「どうしてここがわかった?」
 それは雄蔵の声だった。
「時間帯を絞って李医師の通話記録を調べたんだよ。この部屋から掛けるなんて不注意にもほどがある。それと近くの住人の話も少し聴いた。この部屋の住人は幽霊じゃないかって噂話があるのを知っていたかい?」
 瑠流斗の眼は部屋に配られていた。
 実はこの場所にある気配は、瑠流斗を抜かしても複数あった。
 ブレーカーが落ちた。テレビの明かりすらも消えた。
 瑠流斗の眼に映ったのは2人。別の部屋から気配を消しながら出てきた者が3人。雄蔵を含めると、敵の数はおそらく6人。
 暗視ゴーグルをつけた男が、ナイフを振りかざして襲ってきた。
 瑠流斗はそれを腕で受けた。正確には腕に付けられた筒状の金属部だ。
 負傷していた瑠流斗の腕には大きな筒がはめられていた。そして、それにはストローがついている。つまり、この筒に溜まった血液を定期的に飲んで、排出しろということなのである。アナログで滑稽な器具だが、バケツとどちらがマシなのかは、個人の判断に委ねられる。
 瑠流斗のリバルバーが火を噴いた。狙いはすべて頭。
 男たちが一瞬の呻きを発して次々と倒れていく。
 5発目の弾丸が的外れた。当たったのは男の胸だ。けれど、負傷した様子はない。防弾チョッキを着ているのだ。
 ナイフが瑠流斗の腹を抉った。それは男の最期の攻撃となった。この近距離で銃弾を躱す術はない。
 6発目の銃弾が部屋に鳴り響いた。
 気配は全て消えた。
「影山雄蔵?」
 瑠流斗は名を呼んだ。
 反応も気配もしなかった。
 夜目の利く瑠流斗だが、同じ色をしたモノは見分けが付かない。今、この部屋に雄蔵がいてもわからない。
 瑠流斗はブレーカーを上げて、部屋中の電気を点けて回った。
 やはりどこにも怪しい影はいない。瑠流斗が男どもの相手をしている最中に逃げたのだ。今から追いかけてもムダだろう。
 瑠流斗は部屋を調べることにした。
 家具などは必要最低限しかなく、衣服はなにひとつなかった。だが、クローゼットにはモノが入っていた。小さな鉄の金庫だ。
 ダイヤル式の金庫を前にして、瑠流斗は唸り声をあげてしまった。
「困った……アナログだ」
 ダイヤルを回すアナログ式の金庫。瑠流斗の専門外だった。
 瑠流斗はストローをチュウチュウしながら、次の作戦を考えることにした。

 金庫をホウジュ区でその道のプロに開けてもらい、瑠流斗は中身を持って再び源三郎の大邸宅を訪ねていた。
「これですね?」
 と、瑠流斗は言いながら木箱を源三郎に差し出した。
「おお、これじゃ。よく取り戻してくれた」
「別料金はいただきません。その代わり……」
「傷を治せというのじゃな?」
「はい」
 金庫の中身は源三郎の元から盗まれた手術道具だった。
 すぐに手術は行なわれることになった。
 手術の場所は座敷。患者はもちろん瑠流斗。そして、手術をするのは源三郎だ。
 手術中も部屋は闇だった。
 そこに立って傷を負った腕を上げろと命令された。それで影の手術をするのだと言う。
 しかし、ここは闇だ。
 光が当たれなければ影はできないはず。
 そんな常識は源三郎の前では通用しなかった。瑠流斗の影はたしかに治療され、本体が負っていた傷は跡形もなく消えていた。
 光がなくとも影は存在する。それを証明しているのは源三郎本人だ。彼は闇に包まれた部屋にも存在している。
 瑠流斗は治った傷を見ながら神妙な顔つきをした。
「影とは物体が光を遮ったときにできるものだと思っていましたが、どうやら違うようですね」
「物体が光を遮り生じるものではなく、はじめから存在していたものが見えるようになったに過ぎん」
「光ありきの存在ではなく、はじめから存在していた。相対するものは、はじめから存在する、そこに真の優劣はないという真理か……」
 ならばやはり……。
 瑠流斗は脳裏にある疑問が浮かんだ。
「源三郎氏、貴方は影であらせられる。なら、肉体はどこです?」
「わしは生まれたときから影じゃ」
「本当にそうでしょうか?」
「なぜ疑う?」
「光ありきの闇は間違っています。ですが、光ありきの闇、闇ありきの光、これが正しい答えでしょう。対義語として一般に認識されているものだけでなく、すべての存在は相対するモノを持っている。ヒトに相対するものは、そのヒトの影です」
「ただの思想と推測に過ぎぬ」
「そうですか……」
 ならばここにもう用はない。瑠流斗は源三郎に別れを告げ、大邸宅を離れた。

 夜になっても雨は降り続いていた。
 すでに雄蔵の居場所はつかめている。いつ、どうやって、その問いは瑠流斗がマンションの部屋に踏み込む前だ。
 あのマンションには駐車場があった。駐車場を借りている場合、普通は車を止める場所が決まっている。雄蔵がどこに車を止めているかを調べ、車にあらかじめ発信機をつけて置いた。それだけのことだ。
 発信機を辿ってやって来たのは、カミハラ区の東――ホウジュ区よりの場所にある駅前。駅から少し離れた裏通りにある小さなビルの前に来た。