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リミット

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                  第一章 ポスターの女の子

 今まで、一目惚れなどしたことがないと思っていた幸一は、これからも一目惚れなど自分には無縁なものだと思っていた。理由は、一目惚れした女性に対しては、どうしても感情が先走ってしまい、本当に好きなのかどうか、見極める前に有頂天になってしまうことが目に見えているからである。
 その女性と出会ったのは、通勤途中にある広告を気にするようになって、数か月経ってからだ。ちょっと大きめの看板に、標語のようなものが書かれているポスターのイメージガールのようだった。
 制服警官に扮した彼女の笑顔は、普段ならアイドルグループが目立っているのを感じていたが、女の子が一人だと、大人しく見え、そのくせ一人でも目立っているのは、清楚な雰囲気が、ポスターから醸し出されているのを感じたからだ。
 清楚な感じの大人し目の女の子は、幸一にとって好きなタイプではあったが、ポスターになっていては、あまり意識しなかった。ポスターのモデルになるような女の子と、自分の好きなタイプの女性は一致しているわけではなかったが、たまに好きなタイプの女の子がモデルになっているのを見かけると、ドキッとしてしまうことはあった。しかし、それは逆に憧れであって、高嶺の花でしかないことから、好きになることはありえないと思っていたのだ。)
 ポスターになるような女の子は、遠い存在であり、気持ちを込めるなどありえないことだった。惚れっぽいくせに、一目惚れがないのは、遠い存在に思える相手に対し、自分の中で惚れていい相手かどうか、冷静に見極めていたからだった。
 それに、メディアへの露出度の高い女の子が、自分の身近にいるなどという発想は、最初からなかった。
 もし、同じ学校にいたとしても、彼女のまわりには、たくさんの人が絶えず群がっていて、自分なんかが近づけるはずもないからだ。同じ学校にアイドルやモデルなどがいれば、却って近づけるわけのない自分を情けないという目で見るに違いない。相手はちやほやされている女の子で、こちらは、何の取り柄もない、ただの平凡な学生でしかない。情けないというのは、そんな状況を捻くれた目でしか見ることのできない自分に対してのことなのだ。
 今回、一目惚れした女の子は、正直に言えば、今までの幸一の好みのタイプからはかけ離れていた。
 大人し目の女の子が好きな幸一は、あどけなさから醸し出される大人しい雰囲気が好きだったはずだ。しかし、今度のポスターの女の子は、今まで好きになった女の子とはまったく違っていて、あどけなさというよりも、妖艶な雰囲気と言った感じで、色もピンクというよりもパープルが似合う女の子だった。
 髪型も、基本的にはショートカットで、黒髪よりも少し茶系統の髪の毛の方が好きだったのに、その女の子は、綺麗な黒髪ロングだった。
――ここまで好みって変わるものだろうか?
 と思ったほどだったが、考えてみれば、異性に興味を持つ前の小学生の頃、女性と言えば、黒髪ロングのイメージだった。
 別に幸一はミーハーというわけではない。中学時代の思春期などに、アイドルに興味を持っていたわけでもない。
 逆にミーハーは嫌いだった。
「何をそんなにキャーキャー騒ぐ必要があるんだ」
 と思っていたが、今から思えば、それはただのひがみからくるものだったに違いない。――自分と同い年くらいの子が、まわりからチヤホヤされるなんて許せない――
 という思いが強かった。
 それは、自分には到底できないことを、他の人、それも女の子がしている。もちろん、中学時代には、芸能界での努力がどんなものかなど知る由もないので、嫉妬心しか生まれないのだが、その思いが、自分の中でミーハーを嫌いになる要素を秘めているという事実をなかなか認識できないでいた。
 大人になってからも、どうしても、ミーハーにはなりきれなかった。音楽もあまり人の聴かないものを聴いてみたりしたが、基本的には、クラシックが好きだった。
 クラシックは、小学生の時の音楽の先生が好きで、昼休みや、授業の合間の休み時間という少ない時間にでも、校内で流していた。
 小学生の頃は、何とも思っていなかったクラシックだったが、一旦中学に入って聴かなくなると、そのまましばらく聴くこともなかった。
 だが、大学に入り、先輩などから喫茶店に連れて行ってもらうと、そこで流れているクラシックが懐かしく聴こえてくる。
 大学の近くにある喫茶店では、結構クラシックを流している店が多かった。中にはリクエストすれば流してくれる店もあり、クラシックの街の様相を呈していた。
 幸一は、この街が好きだった。
 大学を卒業し、数か月研修を終えて戻ってくると、勤務地は、大学の街だった。
 しかし、幸一には複雑な気持ちだった。
――就職して働くようになった街と、大学時代を謳歌した街とが同じだというのは、故郷がないようなものだ――
 と感じるからだ。
「故郷は、遠きにありて思うもの」
 という言葉を聞いたことがあったが、まさしくその通りだ。
 この街は、前には海、後ろには山があり、両隣の街同様に、人が住める範囲は、横に広くなっている。縦に狭い街を、主要道路が三本に鉄道が二本通っている。そのため、ほとんどが住宅地になっていて、学校はあるが、企業はほとんど進出してきていない。住宅街として定着したので、企業が入りこむ余地はなくなってしまった。
 学校や美術館、公園などは。元からあったので、移動させるわけにはいかない。都心部にさほど遠くないこともあり、ベッドタウンとしての機能は十分に果たしている。
 この街を見下ろす丘があるが、大学は、その麓に立っている。近くには大きな川が流れ、その上流は、この街から続く連山の登山口になっている。秋にもなると、登山の客が日曜日などたくさんやってくるが、普段は静かな佇まいだった。
 幸一は、海よりも山の方が好きだった。
 さすがにこの街では海水浴は無理だったが、入り江になっている地形なので、あまり波が高くないことで、釣りをする人は少なくなかった、海辺の防波堤から、釣糸を垂らしている人を見ていると、
――この街は、住宅街以外の面も持っていて、十分いろいろな顔を表に出すことのできているところだ――
 と感じていた。
 幸一が、この街の
「隠された顔」
 をいくつも見つけていくうちに、次第にこの街が好きになってきた。元々嫌いではなかったが、好きだという意識もさほどなかった。やはり自分の住んでいる街に愛着を感じるというのは、毎日の生活に大きな影響を与える。
――毎日があっと今に過ぎる時もあれば、なかなか過ぎてくれない日もある――
 そう感じるのも、毎日が充実しているからであろう。
「波乱に満ちた毎日を過ごしているほど、時間の感じ方にばらつきがある」
 と言っていた人がいたが、まさしくその通りだ。実に説得力のある言葉過ぎて、最初はピンと来なかったが。それぞれの場面で、この言葉を思い出すうちに、自分への格言のように思えてくる。
 幸一がこの街に感じたもう一つの思いは、
「赤と青に彩られた街である」
 というイメージだった。
 天気のいい日に、その感覚は序実に現れる。
作品名:リミット 作家名:森本晃次