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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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機械人形アリス零式

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 彪彦は言い返さずに黒いコートを翻して部屋を出て行ってしまった。
 手術台の上に座っているアリスにシュヴァイツが手を差し出した。
「では行きましょうお嬢さん」
 エスコートの手を掴まずにアリスは床に降りた。そして、シュヴァイツと顔もお合わせず歩き出してしまった。
 独り残されたシュヴァイツは鼻から溜息を重らした。
「ん〜、つれないなぁ」
 まだ痛む躰を引きずりながらシュヴァイツもこの部屋をあとにした。

 愛車のジャガーは2人乗りだった。
「これじゃあ影山さんは乗れないねぇ〜」
 ワザとらしいシュヴァイツの言い草。
「乗れますよ」
 答えたのは〈彪彦〉は、そして彪彦が顎が外れるほど嘴を開けて〈彪彦〉を呑み込んでしまった。
 オープンタイプの座席の後ろ辺りに彪彦は留まった。座席と座席の間から顔を出す形だ。
 助手席にはアリス、もちろんシュヴァイツは運転席に乗り込んだ。
 エンジンを掛け、シュヴァイツは助手席に顔を向けた。
「それではアリス君、道案内をよろしく頼むよ」
「メイ区にお願いします」
 帝都の南に位置するメイ区は相模湾に隣接した都市だ。帝都最大の大学にして、最先端の魔導を学べる場所として有名な帝都大学もある。
 彪彦は『ふむ』と鼻を鳴らした。
「もしかして、アリスさんの祖父が所有していた屋敷でしょうか? いやしかし、あの場所はすでに我々が調査済みの筈だったのではなかったのか……」
「?彼女?の祖父については調べましたか?」
 アリスはあえて?彼女?と差別した。
「いえ、そこまでは調べておりませんでしたが」
「?彼女?の祖父はマジシャンだっだそうです。当時はまだ魔導が一般的でありませんでしたから、祖父はそういった形で自分の才能を生かしたんでしょうね。だから仕掛け[トリック]に長けていました」
「ほう、では屋敷には仕掛けがあると?」
「そうです」
 どんな仕掛けがあるのか、それをアリスが口にする前にシュヴァイツが阻んだ。
「おっと、レディはあまりおしゃべりではいけないよ。それじゃあオバサンみたいだからね。そのトリックとやらは着いてからのお楽しみでいいんじゃないかな?」
 アリスと彪彦は無言で同意した。先を急ぐ必要はない。目的地に着けばわかることだ。
 メイ区の郊外にあるその屋敷は西洋風の作りになっていた。長らくの間、人は住んでおらず、地元では不気味がられている。いや、この屋敷は人が住んでいたときも妖しげな屋敷であった。
 屋敷の扉や窓は当然のこととして閉め切られていたが、特別厳重な警戒や防犯システムなどはないようだ。大切なモノを隠して置くには安易すぎる。だからこそ彪彦たちはここを見過ごしたのだろう。
 厳重であればあるほど、そこに何か大事なモノがあると言っているようなもの。
 屋敷の扉の前に立ったアリス。
「どうやって進入したんですか?」
 これは以前ここを調べた彪彦に対する問いだ。
「?鍵男?は便利な男でして、その驚異から帝都政府から指名手配を受けているほどです。何せどんな金庫も開けてしまいますからね」
 いない者の話をされても何もはじまらない。
 シュヴァイツは手の指を大きく開き、強く握りしめてストレッチをした。
「仕方がないね、ドアを壊して入ろうか?」
 その提案もすぐにアリスに首を横に振られてしまった。
「いえ、用事があるのは中庭ですから、他に方法があると思います。空から入れればよいのですが……」
 〈ウイング〉召喚は使えない。
 この場ですでに空に飛んでいる者がいる。鴉の彪彦だ。
「わたくしの出番でしょうかね。口の中に入っていただけますか、中庭までお運びいたします」
「イヤだ」
 シュヴァイツは即答だった。
 『やれやれ』といった感じで彪彦は頭を振った。
「仕方がありませんね、お二人ともわたくしの足に片方ずつお掴まりください」
 か細い鳥の足は強く握っただけ折れそうだ。ましてひと一人と100キログラム以上あるアリスを引っ張り空に浮かぶなど……。
 漆黒の魔鳥は巨大な翼を羽ばたかせた。
 1度目の羽ばたきではまだ浮かない。2度目の羽ばたきでアリスの足が浮いた。3度目の羽ばたきで確実の空に舞い上がった。
「やはり重たいですね……シュヴァイツさん、やはり降りてもらえませんか?」
「あはは、面白いこというなぁ。僕の肉体は脆弱な人間なんだよ、死ぬに決まっているだろう」
 すでに地上は十数メートル下。3階建て屋敷の屋根が見え、その置くに五角形の中庭が見えた。
 アリスは今や水も止まってしまった噴水を指差した。
「あそこに行ってください」
 地上との距離が1メートルを切ったところでシュヴァイツが彪彦から降り、続けてアリスも地面に降り立った。
 枯れた芝生の地面。花一つ咲いていない閑散とした中庭。
 オブジェは目の前にある噴水のみ。だが、その噴水も止まり、濁った雨水が湛えているのみ。
 アリスは服が濡れることに構わず、その噴水の中に足を踏み入れた。
 スカートの裾が水の中を泳ぐ。
 噴水の中央にある壺を持った女神像。アリスはその像を抱きかかえて、力一杯回転させた。
 水の波紋を起こしながら少しずつ像が回転する。それが90度回ったところで、湛えられていた水が急激に流れはじめた。
 水底に現れた螺旋階段に水が落ちていく。
「こんな仕掛けがあったとは、気づきもしませんでしたよ」
 感嘆を漏らした彪彦がいち早く螺旋階段を下りていく。
 シュヴァイツはアリスに手を伸ばした。
「足下が滑りやすくなっているのでお気を付けください、お嬢さん」
 伸ばされた手には目もくれずアリスは螺旋階段を下りはじめた。
 最後に残されたシュヴァイツは溜息を漏らした。
「はぁ、またフラれた」
 頭の後ろを掻きながらシュヴァイツは階段を下りた。