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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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機械人形アリス零式

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失なわれしアリス〜そして、ルナティックハイへ〜02


 巨大なペット小屋と化した屋敷に、ぽつんと残された黒猫。
「困ったわぁん……」
 マナは独りごちた。
 利己主義で、自己中で、世界は自分を中心に回ってるマナでも、とりあえず人間の血が通った人間だ。攫われたアリスを救おうと考えた。
 しかし、猫の躰でできることなど限られている。
 とりあえずマナは助けを求めることにした。
 装飾の華麗なクラシックな電話――しかもダイアル式でマナは知り合いのTSに連絡を取ろうとした。
 受話器からベルの音が聞こえ、すぐに相手が出た。
《はい、ジズシエスタです》
 若く少し声のトーンの高い女の子が出た。
「仕事の依頼よ、早く時雨ちゃんに代わって頂戴」
《時雨さんはもうTSの仕事をしていないんです、ごめんなさい。他のTSを当たってください》
「ハ〜ル〜ナ〜! あたしの声がわからないのぉ〜!」
《あ……マナさんですか?》
「そうよ、てゆーかあなたまだ仕事してるの? もうすぐ生まれるんでしょ?」
 まずハルナは雑貨屋ジズシエスタの経営者である。そして、妊娠10ヶ月だったりした。
《時雨さんが出かけていると店に誰もいなくなっちゃうんで》
「そーゆー問題じゃないでしょ〜。バイトくらい雇いなさいよ」
《そんなお金ありませんよぉ。これから赤ちゃんだって生まれるんですからぁ》
「だったらまた時雨ちゃんがTSに復帰すればいい話じゃない?」
《ダメですよぉ! 赤ちゃんが生まれてくるのに、時雨さんにもしものことがあったら……この歳で未亡人だなんて死んでもイヤです!》
「あなたまだ19でしょ? 人生なんていくらでもやり直し利くわよ」
 若干の皮肉が込められていた。と言っても、マナはハルナとそう歳が離れているわけではない。ただ、二十歳以上と未満の差をマナはナーバスになっているのだ。
 こんな世間話をしている場合ではないとマナはハッとした。
「違うわ、こんな話してる猶予はなかったんだわぁん。時雨ちゃんはどうしたの、時雨ちゃんは?」
《だから出かけてますけどぉ》
「ったく、これだから……ハルナちゃんからもケータイ持つように言って頂戴。帰ってきたら伝言を伝えて、あたしのケータイに連絡いれないと末代まで呪うって!」
《それ困ります、末代ってアタシたちの子供って意味じゃないですかぁ!!》
「だったら今すぐ離婚でもなんでもしなさいよ」
《そんな理不尽な……》
「そういうことだから、さようなら」
 ガチャンと電話を切った。かなり一方的だ。
「……役立たず」
 と呟いてからマナは頭を抱えた。
 マナが黒猫に変身してしまう秘密を知る知り合いは少ない。その少ない中の時雨だったのだが、ケータイも持ってない原始人だった為に連絡がつかない。できれば秘密を知っている者に協力を仰いだ方がリスクが少なくて済むのだが……。
 事件の最大たる問題はアリスが攫われたこと。次に問題なのがセーフィエルと連絡が取れないこと。この2つ目の問題が事件をややこしくしているのだ。
 セーフィエルは謎の多い女だ。先ほど彪彦から聞いた話でさらに謎が深まってしまった。同じ師弟同士であるが、連絡先すら教えてもらっていない。マナは勝手にライバル心を燃やしているが、決して仲が悪いわけではないので悪しからず。
 もともと機械人形アリスはセーフィエルが製造したもので、マナに痛い目を見させるための殺人人形[キリングドール]だった。と、マナは思っていた。しかしどうやら真相は違うらしい。
 アリスは敵としてマナの前に現れ、さらに襲いかかってきたという既成事実はある。そして、アリスはマナの手によって改造され、マナの忠実……とは言えないが、メイドとしてマナ邸に住み込みで仕えることになった。
 筈だったのだが、常にセーフィエルは裏で糸を引き、実際にところはアリスは誰の僕であるかわからない。むしろ、誰の僕でもないのかもしれない。
 アリスとはいったい何か?
 果たしてその答えをアリス自身は答えることができるのだろうか。
 全てを答えられるのは、おそらくセーフィエルのみ。
「もぉ、セーフィエルちゃんったらどこにいるのよぉん!!」
 再びマナは受話器を握った。猫の手で器用にダイヤルを回す。
 呼び出しのベルが鳴り続ける。なかなか相手が出ない。
 堪え性がないマナは猫爪をガリガリしそうになるのを堪えるので必死だった。
「は〜や〜く〜出なさいよぉ〜ん!」
 それから十数秒待って、ようやく相手が出た。
《……マナちゃん……満月の日はあたしも辛いの知ってるでしょ?》
 マナが電話を掛けたのはゴスロリTSで有名な夏凛だった。
「知ってるわよ、でも緊急事態なのよぉん!」
《あたしのほうが緊急事態。今こうしてる間もマナちゃんのこと血祭りにあげたくて仕方ない》
「ごめんなさぁい、あたしが悪かったわぁん。どうぞお大事に」
 ガチャッとマナは受話器を置いた。
 マナと同様、夏凛も満月の日は危ない。二人は同じ人物に呪いをかけられ、それぞれ?症状?が異なっている。夏凛のほうは24時間、あることに悩まされていて、満月の晩はその副作用で血が騒いでしまうのだ。
 最初からマナは夏凛に連絡しても無駄だとわかっていた。だから先に時雨に連絡したのだが、それでも緊急事態なので一様連絡したまでのこと。
 黒猫の秘密を知っているのは、世界でたったの5人のみ。うち二人は今さっき電話をかけたTSの二人、残りはもっとも連絡が取りたいセーフィエル、攫われているアリス。そして、呪いをかけた張本人。
「絶対にありえないわ」
 最後の一人を思い浮かべてマナは首を横に振った。
 マナに呪いをかけたのは師匠であり、もっとも苦手として会いたくない人物。マナ以上に自分中心に世界の回ってる人物で、どう考えてもマナの頼みなど聞いてくれない。
 シャンデリアの電球が点滅して、どこも開いていないのに部屋に夜風が吹き込んだ。
 そこに佇む喪服のようなドレスを着た女。まるで夜そのもののような女が、いつしかそこに立っていた。
「アリスはどこ?」
 緩やかに流れる水のような声。
 マナは少し驚きながらも、まるで驚いていない表情をした。
「あらぁん、セーフィエルちゃんこんばんわぁん」
「そうね、挨拶がまだだったわね。けれど今は……アリスはどうしたのかしら?」
 静かな物腰でありながら、なんという威圧感。正直に言うことが躊躇われた。目の前で攫われたなど口にしたら、極寒の怒りがマナを襲いそうだった。
「ええっと、買い物に行ったのよ。そうよ、近くのコンビニまで」
「嘘はいけないわ。アリスは完全停止してから、6分以上が経過するとわたくしに分かる仕組みになっているの」
「なにそれ、知らないわよぉん?」
「教える必要があって?」
 十二分にある。けれど、ここではマナは口を噤むことにした。
 セーフィエルは辺りの気配を探るように部屋の隅々まで見渡している。
「微かに〈闇〉の匂いがするわ。ここに誰かいたわね……それでアリスはどうしたの?」
「……簡単に言っちゃうと、鴉を連れた男たちに攫われちゃったのよぉん♪」
 明るく言ってみたが、セーフィエルは感情を表に出せず、氷のような眼差しを床に向けている。
「影山彪彦……D∴C∴の残党が何を……」