オヤジ達の白球 26話~30話
「よく言うわよ。子供をひとりも作らなったくせに。
そういうあたしも同罪だ。あたしも子どもを産まなかったもの。
でもさ。極道の愛人が子供を産んだら、この子がこのさきどんな人生を
送るのか、産まれる前から、だいたいわかっているからね」
「淋しかねぇのか。これから先、たったひとりで生きていくのは?」
「そういうあんたはどうなのさ?」
「俺は淋しかねぇ。俺にゃこの店が有る。
日暮れになると酒が飲みたくて集まって来る、常連のよっぱらいどもが居る」
「いつまで商売をつづけるつもりなの?」
「生きている限りは現役だ。
のんべぇも、酒が呑めなくなったらそこでお終いだ。
この世にのんべぇがいるかぎり俺の仕事も、死ぬまで生涯、現役だ」
「ふぅ~ん。じゃ、あたしが手伝ってあげようか。
そこへ置いてある忘れ形見の割烹着を着て、カウンターの中から、
のんべぇたちに愛嬌をふりまいてあげる」
陽子の目が、厨房の隅に置いてある割烹着へ飛ぶ。
女房が愛用していた白の割烹着だ。
すでに役目は終わっている。
だが捨てることも出来ず、いつも女房が置いていた位置へいまでも
そのままそっと置いてある
「駄目だ。女房が愛用していた割烹着だ。他人に貸すつもりはねぇ」
「今は他人でも、結婚すれば女房だ。
そうなれば、そこへ置いてある割烹着をあたしが着ても、
別に何の問題もないだろう?」
作品名:オヤジ達の白球 26話~30話 作家名:落合順平