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二十七年目の真実

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 俺のまさよしと言う名前は母がつけてくれたそうだ、息子にそんな名前をつけるくらいだから悪人のはずがない、不幸にして前科を背負うことになってしまったが、俺が正義を守る仕事に就くことは母の願いでもあったのだろう、と……。
 
 鈴木恵子というのはありふれた名前ではあるが、その名前が容疑者として浮かび上がると同時に捜査から外された……偶然だと思えと言う方が無理だ。
 だが、外された以上、容疑者と接触する機会も失われてしまった。
 俺は思い立って非番の日に国会図書館へ赴き、二十七年前に母親が収監される原因となった事件を調べてみた。
 マイクロフィルム化された当時の新聞、大きな扱いではなかったが加害者の母親と被害者となった父親の写真を見つけ、俺は愕然とした。
 意識の下に埋もれていた記憶がフラッシュバックとなって鮮やかに蘇ったのだ。

 母親を張り倒し、乱暴にドアを開けて外に出て行こうとする父親、俺は母親がそんな目に遭わされたのが悔しくて父親の後を追って裸足のまま外廊下に飛び出した。
 そして父親に後ろから体当たりをかました、三歳児の力などたかが知れているが小走りに階段を下りようとしていた父親のバランスを崩させるには充分だった、階段を転げ落ちて行く父親を俺は冷めた目で見ていた覚えがある。
 だが、すぐに駆け出してきた母親の表情が凍りつき、父親は階段下でうつぶせに倒れている、そして父親の頭からどくどくと地が流れ出すの見ると、とんでもないことをしでかしたのだと気づいて怖くなり、火がついたように泣き出した。
 アパートの住人が集まってきて、パトカーがやってくるまで、母親はただただ俺を抱きしめ続けていた……。

 デジャヴに現れる、男のうつぶせ死体は父親だったのだ。
 そして犯ったのは……まだ三歳だった俺だ。
 その姿があいまいだったのは、父親の姿や顔かたちを思い出したくない俺の意識がそうさせていたのだろう、だが大変なことをしでかしてしまったと言う意識が、うつぶせ死体となって俺の意識の底にこびりつき、似たような光景を目にするたびに現れていたのだ。
 母は罪を犯してなどいなかった、全ては俺の仕業だったのだ、母は俺をかばって自ら前科を背負ったのだった……。

 
 拘置所に面会に行った時、母は少し怪訝そうな表情を浮かべた、無理もない、三歳で別れてから初めて会うのだ、だが、その表情の中に記憶を探るような色も浮かんでいた。
「正義です……」
 俺がそう名乗ると、母は驚きの表情を浮かべ、そして一筋、美しい涙をこぼした。
 だが、すぐに表情を引き締め、居住まいを正した。
「今、刑事をやっています、母さんの事件の捜査にも加わっていました、だけど途中で外されたんで母さんだとわかりました」
「……」
 母は何も言わなかったが、刑事という言葉を聞いた時、わずかに頷いたように見えた。
「二十七年前の事件も調べました、親父の顔写真を見た瞬間、思い出しましたよ……まだ三歳でしたから他の事は憶えていないんだけど、あの時のことだけは頭のどこかにこびりついていたみたいだ……母さん、母さんは親父を突き落としてなんか……」
「私です、私が突き落としました」
 母は俺の言葉を遮るように、きっぱりと言った。
「あなたは私を母だと言うけれど、私は夫を死なせて刑務所に入れられた女ですよ、確かに息子が一人いましたけど、出所してからも迎えには行きませんでした、前科持ちの母親なんてあの子の人生にはお荷物になるだけですから……そのあと、とても良い人と巡り会えましたけど、結婚はしませんでした、私にはその資格なんてないから……でもその人はそれでもこんな私を大切にしてくれて…………。 あの男はそんな人の大切な店を取り上げようとしたんです、もう憎らしくて、腹が立って……殺すつもりで殴りました、倒れたあの男の背中に馬乗りになって、何度も何度も殴りました、そのことを後悔なんかしていません、いい気味だと思ってます……そんな女があなたのような立派な刑事の母親であるはずがないじゃないですか……きっと人違いですよ、ありふれた名前だから同姓同名の人なんてたくさんいると思いますよ」
「母さん……」
「違います、もう帰って下さい……」
「でも……」
「きっとあなたのお母さんは、あなたが刑事として世の中のために立派に働いてくれることを望んでいますよ、あなたの邪魔になんかなりたくないに決まってます、だから……もう帰って……」
「……」
 一気にまくし立てる母の勢いに押され、俺は何も言えなかった。
 その様子を上目遣いにチラッと見て、母は続けた。
「……もうお会いすることもないでしょうね……」
「……」
 その言葉に胸が詰まった、母も同じだったのだろう、長い沈黙が流れた。
 だが、どうしても言っておかなければならないことがある、俺は声を絞り出した。
「……わかりました、でも、これだけは言わせて下さい……」
「……」
「俺の名前は母さんが付けてくれたんだと聞いてます、院長先生が教えてくれました……だから俺は母さんの願いを叶えたくて刑事になったんです……知ってますか? 刑事の身内が有罪判決を受けたとしても失職することはありません、でも大抵の場合いたたまれずに辞めるのも事実です……でも息子に正義なんて名前をつける人が自分の欲やエゴのために人を殺すはずがない、だから俺は胸を張って刑事を続けます、世のため人のため、自分のため、そして母さんの思いに応えるために……」
「……」
 母は顔を上げなかった、だがその肩は小刻みに震えていた。
「これで失礼しますが……どうぞお体に気をつけて……無事に元気な姿で戻って下さい、俺はそれを必ず見届けますから……」

 
 それから五年、鈴木恵子はまもなく刑期を終え、罪を償って出て来る。
 その時は必ず迎えに行くと心に固く決めている。
 全てを知った上で俺の伴侶になってくれた女性と、三歳になる息子を連れて。
 息子は、くしくも母と引き離された時の俺と同じ歳だ。
 そして、もう同じ間違いは決して繰り返さない、繰り返させないと心に決めている。
 三歳の時には何もできなかったが、今の俺は刑事なのだから……。


                (終)
作品名:二十七年目の真実 作家名:ST