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二十七年目の真実

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 鈴木正義、それが俺の名前だ、正義と書いてまさよしと読む、歳は三十歳、刑事だ。
 職業柄、死体を見ることはしばしばあるのだが……。
 
(まただ……)

 今回の死体は初老の男性、うつぶせに倒れ、頭から流れた血溜りに顔を半分浸して死んでいる、おそらくは鈍器で何度も殴られたのだろう。
 普通の人間なら気分が悪くなるような光景だが、刑事ならその光景を冷静に観察できなければ仕事にならない、俺はぐっと腹に力をこめて仕事にかかった、この現場はおそらく、というより九十九%パーセント殺人事件だ、どんな小さな証拠も見逃してはならないのだが……。
 俺はうつぶせの死体を見ると強い既視感に襲われる。
 もちろんうつぶせの死体は何度も見ている、『見たことがある』という意味合いでなら『既視』であることは間違いない。
 だが、俺を襲う既視感はその類のものではない、頭の中にフラッシュバックのようにうつぶせで死んでいる男が現れるのだ。
 その男の顔ははっきりとしていない、年齢もあやふやで子供や老人でないことがかろうじてわかる程度、だが、それが男であることだけは何故かはっきり認識している、服装もよくわからないにもかかわらずだ。
 
「鈴木、どうした? また例のデジャヴか?」
 現場検証を終えて署に帰ると同期の畠山がぽんと俺の肩を叩いた。
「ああ……」
「気にするな、ってのも無責任かも知れないが、いちいち気にしてたらこの仕事はやって行けないぜ」
「ああ、そうだな、確かにそうだ……」
 実際、捜査はこれからだ。
 俺は引っかかるものを振り払うように、聴き込みを始めるために署を後にした。

 『既視感』を調べてみると、『「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い』とある。
 まさに俺の感覚と一致する。
 そして、『過去の体験は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は過去に実際に体験したという確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる』と続く。
 顔も年齢も服装もはっきりしないのに男だと断定しているのはおかしい、夢を現実に起こったことと履き違えているだけ、と考えればつじつまは合う、第一、『実際に体験したという確固たる感覚』があるかと言えばそこまで強い感覚ではないし、仕事柄、死体の夢を見る可能性は一般人より格段に高い、いくつもの夢が重なり合って謎の死体を形作り、意識の底に根を下ろしているんだ、と考えるのが一番合理的な説明かも知れない。
 なるべくそう考えるようにしているのだが、どうしても違和感が残り、デジャヴが起こる度に引っかかるものを拭い去れないのだ。



 事件そのものは簡単だった。
 現場検分の時からわかっていたが、プロの仕業でも綿密に計画されたものでもない、被害者と犯人の間に何らかの諍いが起こり、逆上した犯人が後ろから大きなガラス製の灰皿で殴りつけた、逃走する犯人は目撃されていないが、鑑識の話では指紋も足跡もべたべたと残っているらしい。
 被害者は悪名高い高利貸し、ヤクザまがいの容赦ない取立てで知られている、ヤツに絡んで自殺した人も少なくない、法の網の目をくぐり抜けるのが巧みで挙げられないのが悔しいくらいの男だ。
 ヤツのような男から金を借りるからにはよほど切羽詰った事情があることが多い、その事情に付け込んで身包み剥いでしまうのがヤツのやり方、恨みならサンタクロースの袋にも入りきれないほど買っている、殺したいと思っている人間ならたくさんいるだろう。
 だが、それなりに用心深い男だったから社長室に残っている指紋は側近に限られるはず、普通は用心棒を引き連れて相手の家に乗り込んで脅すのだ、そんな男が部屋に招き入れたからには、今現在脅している相手で、しかも、つい油断してしまう人物だった可能性が高い。

 案の定犯人はすぐに割れた。
 鈴木恵子、五十四歳。
 レストラン、というよりも洋食屋と言った方がしっくり来る店を夫と一緒に切り盛りしていた。
 いや、正確には夫婦ではない、近所の人たちや常連も夫婦だと思い込んでいたが婚姻届は出していなかった、内縁の妻と言ったところだ。
 そして内縁の夫は半年前から入院中、調理は夫が一手に引き受けていたから店には閑古鳥が鳴き、入院費用も嵩んで悪徳高利貸しとわかっていても手を出さないわけに行かなかったようだ。
 店はこのところ急速に発展を遂げた繁華街の一等地にあり、そこそこの広さもある、高利貸しは『金を返せないなら店を寄越せ』と迫っていたようだ。
 恵子は小柄で華奢な体つき、高利貸しは非力な女と見くびって恵子を社長室に招き入れ、言う事だけ言うと恵子の言い分を聞く耳は持たないと言う様子で背中を向けたのだろう、恵子は思わずテーブルの上にあったバカでかいガラスの灰皿を手にすると後頭部を殴りつけ、倒れた高利貸しの頭を更に数回殴り続けて死なせてしまった、それが事件の全貌だ。
 捜査の手が伸びると恵子はあっさりと犯行を認め、事情聴取にも大人しく応じて自分がやったと認めた、そして彼女の指紋も灰皿についていたものと一致した。
 それで決まりだ、事件はあっさり解決した。

 しかし、奇妙なこともあった。
 数人の容疑者が浮かび上がると、俺はいきなり捜査から外されたのだ。
 理由は容易に想像がついた……。



 俺は児童養護施設で育った。
 なぜそうなったのかは誰も教えてくれなかったが、警察官に志願する時に戸籍謄本が必要になり、育った施設に自分の本籍地はどこなのかを聞きに行った。
 その時、戸籍を調べればわかることだし、警察官を志すならば……と院長は全てを教えてくれたのだ。

 俺の父親は不動産会社の二代目、バブルの時期にアルバイトに来ていた母親・恵子を見初めて結婚して俺が生まれたのだが、バブル景気が翳ると調子に乗って手を広げすぎていた会社はあっさり倒産、家も取り上げられ、アパート暮らし、職安通いの生活に転落した、その頃からDVが始まったらしい、それはアパートの住人から証言されていた。
 そしてある晩、いつもにまして酷いDVがあり、只ならぬ物音に住人が顔を出してみると、父親が外階段の下で血を流して倒れていて、階段の上では母親が泣いている俺を抱きしめてうずくまっていたそうだ。
 情状酌量の余地は多分にあるものの、人ひとり死んでいる事実は重い。
 実刑判決を受けた母親は収監され、俺はその後施設で育つことになった。
 そして、戸籍に記されていた母親の名前が鈴木恵子なのだ。

 警察官を採用する際は身内に犯罪者がいないか調べられる。
 母親はすでに刑期を終えているので特に問題にはならなかったが、真実を知った俺はかなり悩んだ。
 三歳の頃の話で俺にどうにかできるはずもなかったが、実の母親は前科持ち、そんな俺が警察官になって良いものなのか……面接官にも包み隠さずそのことを話したが、結果は採用だった。
 そして俺はむしろ正義を守る仕事に就くことが母親の罪滅ぼしになると考え直して今日までやってきた。 
作品名:二十七年目の真実 作家名:ST