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もうひとりの『戦友』

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           もう一人の『戦友』


「あら、これって同窓会のお知らせだわ」
「高校の? それとも製菓学校の?」
「ううん、小学校」
「へぇ……そうか、シズカが小学校を卒業してから十五年になるもんな、ちょっと区切りがいいし、二十年となると子育て真っ最中とかで集まりにくくなりそうだしな」
「でも横浜なのよねぇ」
「そりゃ小学校の同窓会だからな、地元でやるのが普通だろ? 中華街かどこか?」
「ううん、学校だって……あ」
「どした?」
「来年校舎が建て替えになるんだって」
「なるほどな、それもあって同窓会か、行ったら?」
「ちょっと遠いなぁ」
「なんだよ、実家があるんだから里帰りも兼ねられるじゃないか、しばらく帰ってないだろ?」
「でもシズエが……」
 ヒロシとシズカの間には三歳になる娘、シズエがいる。
「同窓会は何曜日?」
「え~と……土曜日だわ」
「なら大丈夫さ、俺がいるからね、もう乳飲み子じゃないんだし、一晩くらい泊まって来たらいいよ、それに静岡と横浜なんて近いもんだぜ、新幹線でひとっ走りさ」
「ヒロシさんはその割に帰ってこなかったけどね」
「あ、まぁ、それはそうかも……でも入社したての新人って、憶えなきゃいけないことも多くて忙しいんだぜ」
「わかってる、確かに三年目くらいからはちょくちょく帰ってきてくれたもんね」
「だろ?」
「行こうかな、同窓会」
「ああ、行っておいで」

 そんなわけで、シズカは十五年ぶり、と言うか卒業して十五年経って初めて開かれた小学校の同窓会に出席した。
 
 子供の頃六年間通った小学校、そんなに古くなっているようにも思えないのだが、実際は築五十年以上経っていて、耐震改修を見積もったら建て替えたほうが良いという結論になったそうだ、そのあたりの事情は案内状に同封されていた。
 
「ああ、懐かしいなぁ」
 懐かしい校門を通り、昇降口のガラス戸を開けるとなんだか懐かしいにおいがする。
(そうそう、この匂い、頭は憶えてなくても鼻が憶えてる……)
 そして下駄箱を見るとその頃の自分や友達の姿が浮かんで来る……。

(今日遊べる?)
(うん、いいよ、いつもの公園?)
 仲が良かったけどクラスは違っていた友達と遊ぶ約束をしたのはこの昇降口。
(や~いや~い、おとこおんな)
(何よ! 何か文句あるの? あ、こら、逃げるな~)
 ちょっと生意気で男勝りだったシズカはよく男の子を追い回した、それもこの昇降口だ。
 そして、あの日……結果的に運命の人と出会ったバレンタイン・デー、下駄箱に上履きを投げ込むようにして走り出た昇降口でもある。
(ホント、泣きそうだったけど涙見せたらバレちゃうと思って我慢してたな……あの公園まで……)
 
 友達と出くわす心配がない丘の上の公園で、ブランコにでも揺られながら思いっきり泣こうと思っていたのだが、なんと先客がいた……それがヒロシだった。
 どうしてなにもかもが上手く行かないの? となんだか無性に腹が立って手にしていた手作りチョコをゴミ箱に投げ込んだら、ヒロシがそれを拾い上げ、代わりに調理実習で作らされたのだと言う不恰好な手作りチョコをくれて、交換して食べ合った。
 そして、『俺たちはいわば戦友だろ?』と言われた。
 その時、シズカは四年生、ヒロシは高校二年生、当然恋愛の対象と見てもらえるはずもなかったのに、ヒロシに言わせればそれからずっと『ズルズルと』続いて、『相対的な年の差』を縮めて行った。
 つまり十歳と十七歳なら年の差1.7倍だけど、二十歳と二十七才なら年の差1.35倍と言うわけ、そしてその差が1.3倍まで縮まった十二年後に、『俺たちは戦友だろ? 生まれた時は別々でも死ぬ時は一緒だ』と変なプロポーズをしてくれた。
 
(小学校に来てヒロシさんとの事思い出すとは思わなかったな)
 シズカは込み上げて来る笑いをこらえながら階段を上り、『六年三組』の室名札がついた教室の引き戸を開けた。

 そこには懐かしい顔が……とは行かなかった。
 同じ十五年ぶりでも、例えば高校の同窓会なら十八歳の顔が三十三歳になっているわけでまだわかりそうなものだが、当時十二歳が今二十七歳になっているのだ、何とか面影を見つけて『○○君?』とか『○○さん?』とか聞いてみない事にはとても特定できない。
 しかし、そんな中でもすぐにわかった女性がいた。
 ヒロミちゃん……四年生当時、仲の良いクラスメートでもあったが、実は恋敵でもあったのだ。
 あの年のバレンタインの前日、ヒロミから『先生に渡したいの』と手作りチョコの試作を重ねていることを打ち明けられた。
 ヒロミが先生を好きな事は知っていた、だが、普段は大人しい優等生のヒロミがそこまで大胆な行動に出るとは思っていなかった、そのヒロミに対して、シズカはちょっと男勝りで男の子を追い掛け回してポカリとやったりする生徒、先生の事は好きだったのだが、バレンタインにチョコを渡すなんて思いもよらなかったし、先生が好きだなんて誰にも漏らした事もなかった。
 でも、恋敵は先生のウケが良く見た目も可愛いヒロミ、こっちはちょくちょく叱られている生徒、想いだけでも伝えなければ先生をヒロミにとられてしまうような気がしたのだ。
 それで焦って作ったのが、ヒロシが食べる事になったチョコ、不恰好だったが夜までかかって、母親に『いい加減に寝なさい』と叱られながら作ったチョコだったのだ。

「あ、シズカちゃんでしょ?」
「うん、ヒロミちゃんね?」
 ヒロミもシズカを一目でわかってくれたようで、すぐに打ち解けて話せるようになった。

 同窓会での話題と言えば、近況と当時の思い出に尽きる。
「シズカちゃん、結婚は?」
「もう一児のママよ、今は静岡に住んでる」
「あたしは今のところまだ独り」
「今のところってことは、予定はあるってことよね」
「まだそこまで行ってない、でもちょっと迷ってるところ……」

 話している間にも、男性は次々とヒロミに声をかけて行く、やっぱりクラスでも目立つ存在だったのだ、シズカも違う意味で目立つ存在だったと思うのだが、印象がずいぶんと変わっているらしく、『え~? ホントに?』などと言われてしまう。

「お子さん、いくつ?」
「三つよ」
「ってことは二十四の時のお子さん?」
「ぎりぎり二十五になってたかな」
「結婚、早かったんだ」
「そうね、二十二だったから」
「静岡って、旦那さんのお仕事の関係で?」
「そう、あたしもちょっとは働いてるけど」
「何のお仕事?」
「お菓子作り、高校出てから製菓学校通ってね、二年こっちで働いて、今は自宅の一部を改造してお店にしてる」
「わぁ、カフェ?」
「そんなんじゃないわよ、そんな広さはないし、作ったお菓子をショーケースに並べて近所のおばさんに売ってるだけ、ん~、でも高校生も買いに来てくれるな、あとはお使いの子供達ね」
「すごい、もうマイホーム持ってるんだ」
「静岡だもん、こっちとは土地の値段が段違いよ、それでも三十年ローン」
「ああ、でもいいなぁ……しっかり地に足がついてる感じ」
「ねぇ、さっき迷ってるって言ってたけど……」
「うん……プロポーズしてくれた人はいるんだけど、迷ってる」
「どんな人?」
作品名:もうひとりの『戦友』 作家名:ST