カレーライスの作り方
「兄さん、どうしてスープの材料を減らしたの? 確かにインドカレーに近いかも知れないけど、兄さんの目指していたカレーとは違う気がするんだけど」
「うるさい、スパイス配合の妙味こそカレーの王道だ」
「あたしにはそうは思えないわ、スパイスの味をスープが下支えしてこそウチのカレーだと思うの」
「スープになど頼らない、そもそもイギリス人が作るカレーなど本物のカレーではない、あれはカレーとは別のものだ」
それぞれの箴言は、ライバル憎しで頭が一杯の兄たちには届かない。
そして、事態は最悪の方向へ向かってしまった。
奥多摩に近い青梅で毎年催される夏まつり。
二人の店主はその会場で『決着をつけよう』と言い出したのだ。
会場でミニカレーを振る舞い、美味いと思った方へ一票を投じてもらう、その得票で勝負をつけ、負けた方は奥多摩から撤退すると言うとんでもないものだった。
「兄貴、負けたら撤退だなんて、従業員はどうするんだ」
「うるさい、負けるはずがないだろうが、勝ては向こうの客もこっちのものだ、店をもっと広げるぞ、あっちの店を買い取って支店にしても良いな」
「兄さん、勝ったらお客さんが全部こっちに来てくれるなんて幻想よ、二つの人気店があるからお客さんが来てくれるの、片一方だけなら奥多摩までカレーを食べにこようなんてお客さんは減っちゃうわ」
「バカな、そんなことはない、俺は俺の味に絶対の自信がある、負けるはずがない、目障りなビルが居なくなればどんなに良いか、想像しただけで気分が晴れやかになる」
二人の気持ちも頭に血が上った兄たちには届かなかった。
「あ……」
「え……」
青梅まつりの開催に当たって、出店する店舗の場所決めや衛生管理を徹底させるための会議が持たれ、互いに兄の代理で出席したジムとカイラはその席上で顔を合わせた。
「カイラ……負けた方が撤退なんて勝負はばかげていると思うんだ」
「あたしもよ、ジム……二店揃っているから奥多摩がカレーの聖地と言われるまでになったのに……」
「その通りだと思う、同じカレーを提供するにしても、それぞれの持ち味は全く違うんだからね」
「その通りよ、あなたの店のカレー、あたしは好き」
「僕も君の店のカレーを食べると、その度に発見があるよ」
「あなたの店のカレーが食べられなくなるなんて……」
「ウチが負けるとでも?」
「そんなこと言ってないわ、ただ,どちらが勝っても負けても一方は撤退することになるんでしょう?」
「そうか、そうだったね……なんとか止めさせられないかな」
「無理よ……もうすっかり頭に血が上っちゃってるもの」
「ウチの兄貴もだよ……でもなんとか……」
夏まつりまでの間、二人は何度も顔を合わせて頭をひねり合ったが、決定的なアイデアが浮かばないままに夏まつりの当日を迎えてしまった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
意気揚々と、闘争心をみなぎらせて会場に乗り込んだビルとヴィハーン、ジムも自分の店の為に厨房で汗を流し、カイラは呼び込みに声を枯らす。
予定の皿は101枚、両方を味わい、よりおいしいと感じた方の店の前にだけ皿を積んで行くと言うルール、そしてそれぞれの店の前に空いた皿が次々と積み上げられて行くが、勝負は互角に進んで行った。
99皿を終えて『シークレット・ガーデン』50皿に対して『スパイス・マジック』49皿。
固唾を飲んで見守られた100皿目が『スパイス・マジック』に積まれて50対50のイーブンになった。
その時進み出た一人の老紳士。
「ワシにも一皿づつ貰えるかね?」
「あ……あなたは……」
「料理評論家の至高極先生……」
くしくも、最後の審判は著名な料理評論家に託されることになった。
「うむ……」
『スパイス・マジック』の皿を味わった至高極は『シークレット・ガーデン』の皿に手を伸ばす。
「ふむ……」
固唾を飲んでいるのはビルとヴィハーン、ジムとカイラだけではない、夏まつりに参加している誰もがその判定を見守る中……至高極は重々しく口を開いた。
「引き分けじゃ……」
「え? そんなはずは……」
「ウチの方が上でしょう? どうなんですか?」
詰め寄る店主たち、だが、至高極は重々しく言った。
「正確に言えば、どちらも負けじゃ」
「え?」
「それはどういう……」
「ワシはどちらの店にも伺ったことがある、だがこのカレーは明らかに以前より味が落ちているのじゃよ……何故だかわかるかね?」
ビルとヴィハーンはドキリとした。
「つまらぬ対抗心など料理には必要ない、必要なのは手間を惜しまず味を守ること、そしてたゆまぬ研究心をもって味の進化を図ること、それに尽きるのではないか? 元々方向性が真逆と言っても良い味じゃ、味に優劣などつけられるはずもない、ただ、どちらも味が落ちているのは名声に溺れて手間を省こうとしたこと、そしてつまらぬ意地を張り合って互いの良い所を学ぼうとする研究心を忘れたこと、それが味を落としたのじゃ……違うかね?」
ビルとヴィハーンはうなだれるばかり。
「マスコミに踊らされてはいかん、TVに味は映らんのじゃよ、マスコミにもてはやされて一時的に繁盛し、その後評判を落としていった店をワシはいくつも知っておる、お客さんが来なくなってもマスコミは責任など取ってはくれぬぞ、彼らが興味を持つのは視聴率にだけじゃ、そこのところはよく肝に命じておいた方が良い……では、ワシは失礼するとしよう」
至高極が席を立とうとする、すると……。
「待ってください、仰ることは一々身に覚えがあります、私は初心を忘れていました」
「私もです、目先の繁盛に舞い上がって自分を見失ったことが恥ずかしいです」
ビルとヴィハーンが深々と頭を下げると、至高極は満足げに頷いた。
「わかってくれたか、それでこそワシもここへ来た甲斐があったと言うものじゃ、これからも美味いカレーを食わせてくれ」
「はい」
「喜んで」
二人が握手を求めて至高極に手を差し出すと、彼はその両方の手を取り、互いに握らせた。
はっとして顔を見合わせるビルとヴィハーン……だがどちらからともなく左手を添えて、二人は両手を握り合う固い握手を交わした。
「良かったわ……」
「本当に……」
ジムとカイラもホッとして見つめ合った。
「ジム……」
「カイラ……」
「ジム!」
「カイラ!」
「ジム!!!」
「カイラ!!!」
名前を呼び合って駆け寄る二人……。
お互いの店を思い、対決を何とか回避しようと何度も話し合った二人、その間にいつしか芽生えていた愛の蕾……。
店の存亡と言う大事を前にしてその気持ちを表に出すことは出来なかった、だが、理想的な結末を迎えて安堵すると、つぼみが一気に花を開いたのだ。
互いを離さぬように固く抱き合う二人……。
するとここぞとばかりにバンドがボリウッド・ナンバー『Gola Gola』を奏で始めると二人は踊り始め、ダンスコンテストに参加していた各チームが大挙して参加して、絢爛豪華な大ダンスシーンが繰り広げられた。
(参考URL https://www.youtube.com/watch?v=Rdj5cIbGftU )
作品名:カレーライスの作り方 作家名:ST