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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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トラブルシューター夏凛(♂)1 堕天使の肖像

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第2章 情報屋『真』


 太陽が南の空に浮かび、帝都の街に網の目のように張り巡らされたアスファルトの道をジリジリと焦がすころ。地上から一〇〇メートル以上離れたところで、夏凛はツインタワービル外壁の窓掃除をしていた。
 ツインタワーとはその名に由来する通り、同じ形の地上一〇〇階建て二つのビルが並んで立っていて、そのビルの中にはありとあらゆる店が軒を並べている。
 通称ウェストビルと呼ばれるビルには一般人の利用する、デパートや映画館などの店が軒を並べているが、向かい側にそびえ立つ通称イーストビルはコアな帝都民の巣窟と化していた。その理由はイーストビルの中にある店がどれも特殊極まりないからである。
 イーストビルの中には怪しげな魔導具を取り扱う店や探偵事務所、軍事兵器を横流しする店から暴力団組織のオフィスまでと、ありとあらゆる帝都の裏の顔がそこにはあった。
 ウェストビル三四階のビルの外で小型リフトに乗った薄い青色の清掃服を着て、同色の帽子を目元まで深くかぶった夏凛は、真夏の空の下、汗一つ流さず窓掃除をしていた。
 買い物に来た人々(この場にいるのは大半が女性だが)が、窓の外にいる美青年に注目の眼差しを向けている。いつもの景色だった。
 夏凛が窓掃除をしていると、いつの間にか人々が集まり、夏凛は清掃をしている姿をいつも熱い眼差しで見られている。
 帝都で1、2を争うと言われている美しさを持つ夏凛は、街を歩けば人々の注目を浴び、写真を一緒に撮ってくれるよう頼まれたり、プレゼントを行き成り渡されたりということが当然のことのように起こる。この一連の現象などを帝都の街では『夏凛アイドル化現象』と呼んでいる。
 夏凛がニッコリと笑い、集まった人々に手を振ると、店内からは奇声にも似た黄色い歓声が沸き起こる。そして、夏凛を乗せたリフトは上へと上がって行く。集まった人たちは窓に吸いつけられるようにへばり付き、上へと上がって行ってしまった夏凛を、彼の姿が見えなくなってもなお、彼の幻影を熱い眼差しで見続けていた。
 小型リフトで上へと上がる夏凛の口元から甘い吐息が零れる。……いや、吐息ではなく?ため息?だった。
「ふぅ、さすがに夏場の窓拭きはしんどいよねぇ」
 夏凛がただのため息を付いた仕草が甘い吐息を付いたような妖艶な仕草をする美しい絵に見えてしまう。
「夏の間は窓拭きのお仕事は無しにしてもらおうかな?」
 夏凛は週3日、同じ時間、同じ場所の窓拭きを三〇分間、ウェストビルに買い物に来た――いや、夏凛を見に来たお客さんの為にツインタワーの持ち主に頼まれてやっている。これをやる事により売り上げがだいぶ上がるらしい。つまり営業利益を上げる為の一種のショーなのである。そもそも、このビルでは外側の窓掃除などはしていないのだった。
 小型リフトがゆっくりと動きながら五〇階へと到着した。この階で夏凛はリフトから降りる。
 夏凛の降りたこの階のこの部屋は夏凛の勤める清掃業者のオフィスになっている。
 リフトから降りて建物の中に入った夏凛を仕事仲間のおばちゃんたちがタオルやらジュースやらを持って笑顔で迎えてくれた。夏凛は仕事仲間のおばちゃんたちに大変人気がある。
 夏凛はタオルを受取、かいてもいない汗を拭くフリをしておばちゃんに返した。
「どうも、ありがと」
 と夏凛が言うとタオルを返されたおばちゃんの頬が桃色に染まった。
 夏凛は返したタオルはこの後どのように使われるのかと思ったが、色んなことを想像してしまい結局考えるのが恐くなって途中で止めた。
 おばちゃんの一人が紙コップに入ったオレンジジュースを夏凛に差し出し、まだか、まだかと夏凛が受け取るのをとろけるような熱い眼差しで待っている。
「ほら、外は熱かったろ、冷たいジュースでもお飲み」
 夏凛の自分に差し出されている紙コップを受取、オレンジジュースを一気に飲み干した。
「ありがと、美味しかったよ」
 と言って夏凛は紙コップをおばちゃんに返そうとしたが、彼の腕が腑に止まった。夏凛が紙コップ返そうとした瞬間、おばちゃんが不適な笑みを浮かべたのだ。まさに仔悪魔のような笑みだ。
 それを見た夏凛は、
「……自分で捨ててくるよ」
 と言ってこの部屋を足早に退室した。職場に馴染めるのはまだまだ先の話のようだ。
 夏凛は今週になってこのツインタワーの清掃をするようにと上司に言われて他の場所の清掃からこちらの清掃に配属となった。前にいた場所でもおばちゃんたちに夏凛は大変人気があり、仕事始めの数ヶ月間はいつもおばちゃんたちに付きまとわれていた。これから数ヶ月間、またあの時と同じことを繰り返すのかと思うと夏凛は少し憂鬱になった。

 夕方になり夏凛の一日の仕事が終わった。
 夏凛はおばちゃんたちに夕食を一緒に食べに行こうと誘われたがそれを上手く交わし、彼は普段着であるゴスロリに着替え、ある場所に向かった。
 イーストビルとウェストビルは一〇〇階と五〇階にある通路で繋がっており、夏凛はその通路を使ってイーストビルへと入って行った。彼が目指しているのは四六階にオフィスを構える情報屋『真』のオフィスだ。
 エレベーターが口を開けるとその中から芳しい匂いと共に女性を抱きかかえた夏凛が優美な足取りで降りてきた。女性は意識を失っている。
「香りが少し強いのかなぁ?」
 そうつぶやいた夏凛はその女性を抱えたまま真のオフィスへと足を運んだ。
 夏凛がオフィスの中に入ると受付嬢がニッコリと微笑み軽く会釈をした。
「こんにちは、夏凛様。今日は何の御用でしょうか?」
 受付嬢の歌うような声が静かなロビーに響き渡り、まるでここだけ春が来たような清々しさに包まれる。
「この女の子がエレベーターで気を失っちゃって」
「畏まりました。いつも通り救急車を呼んでおきます」
 そう、これはいつものことだった。
 夏凛とふたりっきりで密室であるエレベーターに乗ってしまった女性は気を失ってしまうことが多い。別に夏凛が何かをしたというわけではない、夏凛はただエレベーターに一緒に乗っている女性に笑顔と芳しい?香り?を振りまいただけだ。それだけで女性は気絶してしまったのだ。
 夏凛は女性をソファーに丁重に寝かせて、受付嬢の側に歩み寄ってこう言った。
「あのねぇ、真くんに会いたいんだけどぉ」
 受付嬢の頬が少し赤らんだ。なぜなら、夏凛が自分を甘える仔犬のような瞳で見つめているからだ。
 そんな彼に見つめられてしまった受付嬢は言葉を忘れ、夏凛の顔をうっとりしながらただ見つめるだけだった。
「真くんはぁ〜?」
 自分の顔を下から覗き込む大きく愛らしい瞳。はっとして受付嬢は我に返った。
「あっ、すいません、社長なら自室で妄想に耽っていると思いますけど……」
「ありがと」
 夏凛が甘い笑顔を浮かべ、受付嬢の手を優しく取り、彼女の手の甲に自分の唇で軽く触れた。それは彼女にとっての痛恨の一撃であり、それを受けた受付嬢はその場に失神してしまった。
「…… 救急車まだ呼んで貰ってないのにぃ」
 仕方なく夏凛は、カウンターに置いてあった電話の受話器を手に取り自分で救急車を呼ぶハメになってしまった。
 電話をかけると直ぐに受話器の向こう側から、
「救急ですか消防ですか?」