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九丸(ひさまる)
九丸(ひさまる)
novelistID. 65562
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言いたくて言えない言葉一つ

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「当たり前じゃないですか。ていうか、払う気ないでしょ?」

「まあ、その通りなんだけどね。じゃあ、今日もゴチになります」

無邪気に言う佐々木さんが愛おしい。

会計が終わり帰ろうとする僕らに、女将さんが傘を渡してきた。

「さっきから小雨が降り始めてきたから、どうぞ傘をお持ちください」

返すのはいつでも構わないといって渡された傘を手に、僕らは表に出た。

雨のせいで冷たくなった夜気が僕らを出迎える。

「雨か……」

佐々木さんは急に沈んだ顔になった。

どうしたんですかと、声をかける間もなく、佐々木さんは傘をさして歩き出す。

不安に駆られ、僕も急いで後を追い、隣に並んだ。

「どうしました? なんか急に暗くなってませんか」

佐々木さんは立ち止まり、静かに話しだした。

「わたし雨は嫌いなの。一人でいるのが、とてもいたたまれなくなるから」

僕の方に寂しげな顔を向けて、佐々木さんは続ける。

「ねえ、竹内君。今夜は一緒いて」

唐突な言葉に、僕は黙ってしまった。

「わたしは竹内君と一緒にいたいの」

僕は佐々木さんの言葉で、溜まっていた想いの丈が溢れてしまったのを感じた。
それを止めることはできなかった。

「僕は佐々木さんが好きです」

佐々木さんはちょっと笑って答えた。

「うん。知ってるよ。わたしも竹内君が好きよ。じゃないと、さっきも言ったけど、毎回ご飯になんていかないよ」

「じゃ、じゃあ、えっと、お付き合いしていただけるんですか」

「竹内君はわたしでいいの?」

「僕は佐々木さんがいいです。大好きです」

「そっか。ありがとう。こんな雨の日は誰でもない、好きな人といたいの」

そう言って傘をたたみ、佐々木さんは僕の傘に入ってきた。

僕らはタクシーに乗り、夜の街を後にした。






《雨の日はいつも》

僕らの交際は順調に進んでいた。

会社内では今まで通りに接していたが、そもそもこれまで噂にならなかったのが不思議だ。
仕事帰りに、頻繁に食事に行ってればゲスの勘繰りとまではいかないが、噂の一つも立ってもよさそうなものだが。
だから付き合ったとはいっても、今まで通り噂にもならなかった。
しょせん周りからは、出来た姉と頼りない弟くらいにしか見られていないのだろう。
僕らにとっては好都合だけど、噂にならないということは、男として釣り合ってないと言われてるようで、ちょっと釈然としないでもないが。

そんな僕でも、佐々木さんに求められてると実感できた。
雨の日は必ず僕と一緒にいたがったからだ。
都合でいられないときも、必ず電話で長話をした。

「こんな夜中に電話してごめんなさい。ただ、何となく声を聞きたくて」

「遅いからどうかとも思ったけど、やっぱりわたしかけてしまったわ」

「寒くなったきたわ。上着を着てくるから、電話は切らずにいてね。お願い」

冷たい雨の日は、いつも僕に懇願する。
そんな佐々木さんが愛おしくてたまらない。
理由なんてどうでも良かった。
ただ、佐々木さんが求めるから応えるだけだ。
それでいい。





《晴れた日は》

週末の予定が合わず、僕は一人街にでた。

行き付けの古い喫茶店で、何気なく買った本を読んでいると、窓から見える並木通りにそれは見えた。
男性と楽しそうに肩を並べて歩く、佐々木さんの姿が。
疲れた目を休めようと、ふと外に目をやった瞬間だった。

僕は慌ててお会計を済ませ外に出た。

二人の後をあわてて追う。

見間違いか?
いや、そんなはずはない。
僕が佐々木さんを間違えるわけはない。

気づかれないように後を追う僕が見たのは、時折手を重ねたり、男の肩に顔を寄せる佐々木さんの後ろ姿だった。

やがて二人はパーキングに停めてあった車に乗り込んだ。

その時に見た男の年齢は三十代後半、そして隣には、楽しそうな笑顔を見せる佐々木さんの顔があった。

佐々木さんは一人娘だ。兄弟はありえない。
男は親という歳ではない。
親戚? 親戚と手は重ねないだろう。
行き着く答えは一つ。
佐々木さんが雨の日は一人でいたくない理由が僕には分かった。

晴れた陽射しが、僕の心を曇らせた。






《そして雨の夜》

あの時見た佐々木さんの笑顔が忘れられない。
僕に見せるのとは違う笑顔を。

男といつも会えない理由なんて、こんな僕でもすぐに分かる。

僕が佐々木さんを好きな理由も分かった。
彼女の奥底にある、満たされることのない寂しさに、僕は惹かれてしまったんだろう。
佐々木さんが僕を求めた理由も分かった。
埋めるにはちょうど良かったんだろう。
求めて惹かれあったのは、偶々理由が重なっだけでしかなかったのか。
僕があの男から、佐々木さんを奪うことは出来るのか? 考えた答えは否だ。
雨の日の男は、晴れの日の男には勝てない。晴れてる日の方が、圧倒的に多いのだから。
正直ショックで、自信を無くしたのものある。
佐々木さんの言葉が思い出される。
「好きだから。好きに理由なんてないんだよ竹内君」
佐々木さんは最初から理由のある好きだったんだ。
佐々木さんの中では純粋ではなく。

今夜は雨。
きっと佐々木さんから電話がある。
僕と佐々木さんの最後の雨の夜。
さよならを告げなければならない夜。
僕は言いたくて言えない言葉一つ飲み込むだろう。
愛してるって、そこまででかかってるのに。

終わり