幻想
彼にとっては一世一代の恋だった。
彼は特別にハンサムでもなければ金も地位もない。
映画監督の助手ではあるが、巨匠と評される監督には何人もの助手がいる、彼などはほんの使い走りにしか過ぎない。
しかし彼女を思う気持ちは誰にも負けない、という自負だけはある。
彼女はと言えば今をときめく人気女優。
誰もがはっとするような美貌、甘く少しハスキーな声、そして撮影スタッフの誰にでも優しく親切、共演者やスタッフの誰もが彼女に魅了される。
彼女への思いが募り募って彼の胸を苦しくさせる。
そして遂に彼はその思いを告白した……。
しかし、彼女は彼の思いに感謝してくれたものの、女優を続ける限り一人の男性のものにはなれないと告げ……彼の恋は儚く終わりを告げた。
今、彼は重い病を得て死の床に伏せっている。
彼の頭の中を駆け巡るのは彼女の思い出……美しく、誰にでも親切だった彼女の優しい微笑み……。
彼の恋は実らなかったが、彼女は今、天使の姿となって彼の手を取り、彼もにこやかに彼女に手を差し伸べた……。