幻想
彼にとっては一世一代の恋だった。
彼は特別にハンサムでもなければ金も地位もない。
映画監督の助手ではあるが、巨匠と評される監督には何人もの助手がいる、彼などはほんの使い走りにしか過ぎない。
しかし彼女を思う気持ちは誰にも負けない、という自負だけはある。
彼女はと言えば今をときめく人気女優。
誰もがはっとするような美貌、甘く少しハスキーな声、そして撮影スタッフの誰にでも優しく親切、共演者やスタッフの誰もが彼女に魅了される。
彼女への思いが募り募って彼の胸を苦しくさせる。
そして遂に彼はその思いを告白した……。
今、彼は重い病を得て死の床に伏せっている。
彼の頭の中を駆け巡るのは彼女との思い出……いがみ合い、罵りあった末に別離を迎えた苦い思い出ばかり……。
あの時、彼の愛を受け入れてくれたかのように思えたが、彼女には打算があった。
妻子ある有名俳優との秘めた愛に破れたばかり、それをマスコミにかぎつけられそうになった彼女は困り果てていたのだ。
相手は妻子ある身、スキャンダルが明らかになれば彼女の清純なイメージは大きく傷つく。
しかし、名もない平凡なスタッフの求愛に応えたとあれば、スキャンダルは霧散し、むしろ好感度も上がる。
彼女は生まれながらの女優、家庭に収まる女性ではなく、注目を浴びることこそが彼女の生き甲斐だったのだ……。