どれだけ時が。
「代々我が校に、<いいふめみ>の二つ名を持つ生徒が存在する事は、ご存知ですね?」
受験前や入学時の学校説明会で、散々聞かされた話に、私は頷きました。
「はい。」
「その名を名乗るべき生徒として、あなたが選ばれました」
「…は?」
私の頭に、今の<いいふめみ>である、平成一の成績優秀者と噂の先輩の姿が浮かびます。
「あ、あの二つ名って…我が校一の優等生を 意味するんですよね?」
「3世代前の子は、我が校始まって以来の 劣等生でした」
「え?」
「<いいふめみ>自体は、特に意味を持っていません」
手にしていた紅茶のカップを、学長はテーブルに戻しました。
「重要なのは…その二つ名を持つ生徒が、我が校に存在する事なのです」
ゆっくりと、腰を浮かせる学長。
「まさか…断ったりは、しませんよね?」
テーブルの反対側から、私に向かって身体を乗り出して来ました。
「もし<いいふめみ>を名乗る生徒が存在しなくなったが最後、我が校は消えて無くなるでしょう…」
迫られた私は、背中と腕を、ソファーの背にピッタリと貼り付けた姿勢で固まります。
「ひ?!」
「学校がなくなると…あなたも お母様も、悲しむ事になりませんか?」
「な、何で…私が……」
「先日行われた儀式で、選ばれたからです」
「ぎ、儀式!?」
「お供えに特別な柿が必要なので、代々初秋に行われます」
学長は1枚の紙を取り出しました。
「学校から要請された場合は、私は喜んで<いいふめみ>を名乗ります」
読み上げられた文書に、私はギクリとします。
それが、この学校に入学する際、全ての生徒が同意の署名をさせられた書類だったからです。
「この契約書に、サインしましたよね?」
「は、は…い」
「─ これには、こうも書いてあります。『もし断った場合には、速やかに退学します』 と」
乗り出していた学長の身体が、ゆっくりとソファーに戻ります。
「ただ あなたは…学内で<いいふめみ>と呼ばれる事だけを、承知してくれれば良いのです」
「…」
「今後も あなたが、普通の学校生活を送れる事は、私が保証します」
「……」
「お母様は…卒業まで あなたが、<いいふめみ>奨学金がもらえる立場になった事に、お喜びでしたよ?」
すっかり外堀を埋めてから、優しく学長は尋ねました。
「同意して頂けますね?」
「は…い…」
「ありがとうございます」
うなだれる私に、学長が微笑みます。
「世は全て事もなし ですよ」