怪盗・稲藁小僧『憑かれ辻斬り』
そう……辻斬りに出かけて町人に腕を斬られたなどと言えるはずもない、高畠はそれを武勇談に作り直して上に報告していたのだ。
それを聞いた新吉が面白くない筈がない。
大人しく隠居でもしてれば良さそうなものを、よりによって自分が辻斬りを退治したなどと……。
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「曲者かっ!」
その夜、高畠の屋敷、それも高畠の寝所に忍び込んだ者がある。
「ああ、曲者、盗人さ……おっと、その右腕じゃ刀は振れまい、それとも左腕だけで俺とやるかい? 右が利いても敵わなかった俺と」
「き……貴様は……」
「そうよ、あの時の風鈴蕎麦屋さ、もっとも本職は盗人だがね」
「よくも腕を……」
「よしなよしな、俺の身が軽いのは知っているだろう? まして左腕だけで大太刀振って俺に当てられるとでも思ってるのかい?」
高畠は歯噛みしながら新吉をにらみ付けた。
「その大太刀、どこで手に入れたのか知らねぇが腕に覚えがあって体も力もあるお前ぇにはさぞ魅力的に見えたんだろうな、戦国の世に鍛えられた得物ならずいぶんと血も吸ってるに違ぇねぇ、お前ぇはその大太刀に振り回されてたんだよ」
「何をたわけた事を」
「そうかい、精一杯好意的に解釈してやったつもりだったがな、辻斬りはお前ぇの意思でやった、とこう言うんだな?」
「知れたこと」
「ならば腕一本じゃ足りねぇな」
「ぬかせ!」
高畠は膝立ちになり、大太刀を抜いて横殴りに振り払おうとする、が、新吉はひょいと飛び上がって高畠を跳び越すと背後に降り立ち、匕首を右足のふくらはぎに突き立てた。
「ぎゃっ」
高畠が右足を抱えようとすると、左のふくらはぎも……。
「両脚の腱を切らせてもらったぜ、これでお前ぇは生涯歩けねぇ」
「ぐぐぐ……」
新吉はうつぶせに横たわる高畠に馬乗りになって大太刀を奪おうとするが、高畠は離さない。
「うがっ」
新吉の匕首が左の手の甲に突き立てられると、高畠はたまらず手を離した。
「左肘の腱だけは勘弁してやるよ、そこまで切っちまうと一人じゃケツも拭けねぇからな……せめてもの情けだと思いやがれ」
新吉は高畠を冷たく見下ろしてそう言い放つと、丸く結んだ稲藁を高畠の目の前にぽんと抛った。
「あっ……貴様は……」
「そうだよ、人様は俺を稲藁小僧と呼ぶぜ、そう名乗った覚えはねぇんだがな……こいつは頂いて行くぜ、ついでにちょっとばかり金目の物も懐に入れさせてもらったぜ、ありがとうよ、あばよ」
稲藁小僧はそう言い残すと庭に走り出て、高い塀をひょいと跳び越して逃げ去った。
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翌朝、高畠の屋敷の門前に人だかりが出来ていた。
そこには一枚の紙とともに大太刀が刺してあった。
<辻斬りはこの屋敷の主、高畠宗十郎本人なり、この張り紙を見た御仁は出来るだけ速やかに番所へこの事をお伝え願うものなり>
そして大太刀には稲藁が一本結び付けられていた。
「せっかくほとぼりも冷めて江戸で暮らせると思ったんだが……まあ仕方がねぇ、追われる旅は俺の運命(さだめ)みてぇなもんだからな」
日本橋のたもとでそう呟く旅人が一人……その男がどこへ向うのかは誰も知らない。
《終》
作品名:怪盗・稲藁小僧『憑かれ辻斬り』 作家名:ST