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イザベラ・ポリーニの肖像

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 イザベラ・ポリーニは15世紀末に生きたイタリアの貴族。
 当時『世紀の美女』と謳われ、絵画、音楽、文学と芸術一般にも造詣が深く、『聡明で繊細、感受性の豊かな才媛』と評されたと言う。
 彼女を描いた肖像画は数多くあるが、後にルネサンス盛期の代表的な画家の一人となる、当時新進気鋭の画家プラッティが描いたものをこよなく愛し、大切にしていたことが伝えられている。
 そして、母をこよなく敬愛した息子によってその特別な肖像画は門外不出とされ、ポリーニ家に代々伝わる家宝として大切に保存されてきた。
 その画を目にすることが出来るのは、ポリーニ家に賓客として招かれる家系の人物のみなのだ。
 フィレンツェ美術館を創設し、代々その館長を務めて来たコンティーニ家もその数少ない家系の一つ。
 中でも先々代当主は絵画に造詣が深く、フィレンツェ美術館が世界に名だたる美術館になる礎を築いたとされる人物、彼をして『世紀の美女を描いた世紀の肖像画、あのモナ・リザに勝るとも劣らない』と評された件の肖像画はいつしか美術関係者の間で『幻の名画』と呼ばれるようになった。
 
 しかし、近年ポリーニ家の財政状態は逼迫していると言う噂がある。
 そして当代のパオロは芸術よりも経済に通じる男として知られている、先代が病に倒れてからと言うもの『イザベラ・ポリーニの肖像』が市場に出るのではないかと言う噂は絶えなかった。
 何しろ歴史上名高い美女をモデルに、若き日の巨匠が描き、フィレンツェ美術館を名美術館に育て上げた人物が絶賛した絵画なのだ、にもかかわらず、ごくごく限られた者しか見る事が出来ず写真などの資料も存在しない。
『幻の名画』は、市場に出る可能性があるというだけで美術界に激震を起こすエネルギーを備えていた。
 
 オークション会社『クリスチャンズ』の絵画部門責任者・ジョーンズはパオロ・ポリーニと接触し、『イザベラ・ポリーニの肖像』を目の当たりにすることが出来た。
 
「こ……これは……」
「どうです?」
 パオロは自信満々、それもそのはず、『イザベラ・ポリーニの肖像』は想像を超える傑作だった。
 イザベラの非の打ち所のない美貌と若きプラッティの精緻でありながら柔らかなタッチが相乗効果を、いや化学反応を起こしていた。
 もしかしたらイザベラとプラッティはこの時恋に落ちていたのでは……すぐさまそんなストーリーが頭に浮かぶ、そうでなければイザベラがこれほど輝くような微笑を浮かべられるとは思えないし、それを心で受け止めなければ、その輝きをここまでキャンバスに写し取れるとも思えない……イザベラとプラッティの間に流れた暖かな空気さえも描かれているかのようだ。
 しかも描かれてからずっと門外不出だったので保存状態は完璧に近い、5百年の時を経た絵画だとは信じられないほどだ。

「この素晴らしい画を手放されるのであれば、是非私どもにお任せ下さい」
 ジョーンズはすぐさまそう申し出た。
 専門家の鑑定を待つまでもない、『幻の名画』は間違いなく『世紀の名画』だった。
 だが、パオロ・ポリーニは世間知らずな貴族などではなく、したたかなビジネスマンだった、ポリーニ家の存亡は彼の双肩にかかっていると言っても過言ではないのだ。
「独占的にと言うわけには行きませんね、私はこの画を1ユーロでも高く売ってもらいたいのです」
 最大のライバルが誰なのか、ジョーンズには痛いほどわかっていた……。
 
 2大オークション会社のもう一方の雄、『ザビエルズ』の絵画部門責任者・ウィリアムズも『イザベラ・ポリーニの肖像』を目の当たりにして同様の衝撃を受けた、そして当然同じ申し出をし、同じ返答を受けた。

 これまで、絵画史上最高の値がついたのは、ダ・ヴィンチが描いた『サルバドール・ムンディ』の4億5千万ドルだが、ダ・ヴィンチはある意味別格、ルネサンス期の絵画としてはレンブラントの『マールティン・ソールマンスとオーペン・コーピットの肖像』が1億6千万ユーロで取引されたのが過去の最高額だった。
 『マールティン・ソールマンスとオーペン・コーピットの肖像』は画面も大きく、マールティンを描いたものとオーペンを描いたもの2枚で一対、対して『イザベラ・ポリーニの肖像』はモナ・リザ程度のサイズで1枚のみ、しかもレンブラントと並べればプラッティはやや格下と目されている。
 それでもパオロは強気だった『ポリーニ家に伝わる家宝はレンブラントに勝るとも劣らない価値があるはずだ』と、つまり希望する最低売却価格は1億6千万ユーロ以上という事だ。

 その後の約半年、クリスチャンズとザビエルズは『幻の名画』のPRに努め、世界中の画商や美術館長、投資家をポリーニ家に案内し、実際の画を見せて購買意欲を掻き立てることに腐心した。
 そして半年にわたる争奪戦に勝利したのはクリスチャンズ。
 クリスチャンズがパオロに提示した最低売却価格は2億ユーロ、ザビエルズは1億8千万ユーロだった。
 その価格設定はパオロにとってもクリスチャンズにとっても賭けだ、オークションが不調に終わったら、それだけの価値はないと看做されてしまい大きく金銭的価値を下げてしまう。 クリスチャンズにとっても不調で終る事は、今後絵画オークションにおいてザビエルズに遅れを取る結果に繋がりかねない。
 ザビエルズとしては2億の値はつかないと判断し、この半年間にかかった経費を捨てることになっても顧客の信用を優先させたのだ、そして、もしクリスチャンズのオークションが不調に終わればより低い価格設定で『イザベラ・ポリーニの肖像』を扱える可能性も残される、それも視野に入れての判断だった。
 
▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 オークション当日、会場で『イザベラ・ポリーニの肖像』は初めて人々の前で神秘のベールを脱いだ。
 どよめき、と言うよりも感嘆の声が一斉に上った。
 それが素晴らしい傑作である事は、クリスチャンズ、ザビエルズ両社のPR活動で知れ渡っているが、これまでは画像すら公表されていない。
 加えてこの半年の間に実物を目の当たりにした美術館長や美術研究家は口を揃えてその素晴らしさを讃えている。
 そして、美術史家たちもイザベラとプラッティの間にあったかも知れないロマンスを示唆して、さらに興味を煽っている。
 待たされ、じらされ、想像ばかりを膨らませて来た末に初めて目にした『幻の名画』、それが想像を下回るものであれば千年の恋も一瞬で冷めてしまう。
 だがイザベラの微笑は見る者全てを虜にした……。

 オークションは1億ユーロからスタートした。
 これほど高額なオークションともなれば、買い手は会場に姿を現さないのが普通。
 それこそ犯罪のターゲットにされてしまう可能性がある上に、匿名の買い手も多いのだ。
 実際に会場で象牙のハンマーを手にしたオークショニアにサインを出すのは顧客と電話で繋がっているクリスチャンズの社員達、一体誰がオークションに参加しているのかわからないまま価格はどんどん吊り上がって行く。
 1億6千万まで値が吊り上がると、どよめきが起こった、レンブラントに並んだのだ。
 そして更にオークションは続く。
作品名:イザベラ・ポリーニの肖像 作家名:ST