Peeping Tom
8.通知表
あれから、どれくらいの月日が経ったのでしょうか。
最盛期は毎日どころか数時間おきに再生を要求されてきた私達でしたが、近頃はめっきり開店休業状態となっていました。そんな状況に狼狽えている仲間も少々いますが、我々の大半は、すでにもう悲観より諦観の境地に立っていました。
以前の私達が、どうしてケンタはこんなにも飽きずに我々で股間を熱く出来るんだろうかと不思議に思っていたことは確かです。ですが、少しずつ時が経つにつれて、私達は徐々に再生される頻度が減っていきました。私達を熱っぽく見つめているあの血走った目も、だんだん光が失われはじめている事を心のどこかでうすうす感じていました。
それでもケンタは、普通の人よりも長い期間、私達を「使用」し続けてくれたと思っています。ですが、人が自慰の際に用いる、いわゆる「おかず」だの「ずりねた」だのと呼ばれる物は、どうしたっていつかは飽きが来るものです。それはどんなものだって例外ではない。私達はそれをしみじみと悟らされたのでした。
顧みられることのない動画はどうあるべきか。私はこう考えています。そういった動画は、なるべく早く消去され、この世から存在を抹消されなければならないと。
皆さんも、耳にしたことぐらいはあると思います。亡くなられた方の遺品を整理していたら、ちょっと人には言えないような趣味のものを見つけてしまったというあの話。もしかしたら実際に、そのような人には言えない趣味のものを所有していて、自分が死んだらHDDの中身を抹消してくれるサービスを利用していたり、理解のある友人にそれとなく伝えていたりする方も、これを読んでいるかもしれません。
私達は、まさにそのような人には言えないものの代表格です。今まで私達は、主にケンタの不注意でケンタの家族に何回かその存在を知られていますが、母も妹も、表立って見たよと他人に触れ回ってはいないはずです、ましてやその内容をや。すなわち「触れちゃいけないタブーなものなんだ」と誰しもが理解しているのです。
例えて言うなら、私達は忍者のようなものではないでしょうか。彼らは仮に捕まってしまったとしても情報を漏らすわけにはいきません。機密を守るという事は、自らの死よりも遙かに重いものという認識なのです。まあ、くノ一の方々はいやらしい拷問で性的に陥落していることも多いようですが。
とにかく、我々もケンタの恥ずかしい性的嗜好をこの世にさらけ出す事無く消えることが最後の使命ではないかと考えるのです。ここで散々さらけ出していることは置いといて。
噂をすれば影がさすというやつでしょうか。ちょうどPCが起ち上がりました。懐かしい起動音。変わっていないデスクトップ。私達は、もしかしたら「彼」のオナニー三昧の日々がまた帰ってくるのかと、ほんの束の間喜びました。
しかし、ディスプレイの向こう側は以前と様子が違っていました。部屋は綺麗に掃除され、家具も何もない殺風景。そして目の前には見知らぬ男。私達は、どういうことかと首を傾げながら事の成り行きを見守っていました。
男は慣れた手つきでマウスを操り、私達がいるフォルダを開きます。そして、古い順に一つずつ、動画を数秒ほど開いて確認を始めたのでした。
そのとき私達はやっと気付いたのです。この男はケンタなんだと。
しかし、以前の彼と比べたらなんという変貌ぶりでしょう。クリクリ坊主だった髪はスタイリッシュに整えられ、顔中あったニキビもほとんど消え失せています。そのおかげか、元々顔の造形は悪くなかったこともあって、なかなかいい男に見えます。これから出かける所でしょうか。服もだらしない部屋着ではなく、割合こざっぱりしたものを着ています。
「ほら、もう新しいアパート行くんでしょ。早く部屋片付けちゃいなさい」
以前聞いたケンタの母の声が小さく我々の元にも届きました。ケンタは、あとは妹に譲るPCを整理すれば終わりだからとその声に応え、また一つずつ我々を確認し始めました。
おそらく、ケンタは高校を卒業し、近日中に大学生活か社会人生活を始めるんだと思います。髪形を替えてスキンケアもして、きっと今、新生活への期待に胸を膨らませているのでしょう。
そんな中、私達を一ファイル一ファイル丁寧に確認して削除を始めたのです。私は、このスケベ根性というか、この期に及んでも一応ちゃんと動画を確認するその神経がケンタらしいなぁという思いと、でもそのおかげでこうして最期に会えて良かったという思いが心中でない交ぜになっていました。
ケンタは、一言ずつではありますが感想を述べてから、私達を削除していきました。
「あー、これなかなかよかった」
「これは……、あんま見なかったな」
「この女の人、浅井先輩にちょい似てて捗った」
「なんかいまいち」
「うんうん。これ一時期ハマってたわ」
「悪くないけど、なんか違うんだよなあ」
「あれ、これ全く覚えてない」
「うーん……」
「あ、これさっきと同じだ」
「この人、乳首キレイだったな」
それらの言葉は、我々にとって一世一代の通知表のようでした。でも、なぜでしょう、否定的な言葉を貰った動画たちも、皆どことなく嬉しそうな表情でした。
そして私の番です。ケンタは今までと同様に、私を起動してササッと内容を確認します。
「はいはいはい、これすっごいエロかったやつ」
エロ動画としては最上級の賛辞を聞きながら、私はゴミ箱に放り込まれました。
こういう最期を迎えられて、本当に感謝しています。
あとは、これから始める新生活で、ケンタが自身の陰茎を豊かな乳房でたくさん挟んでくれる素敵な女性と親密な間柄になれれば良いなって、それだけを願っています。
ケンタ、ありがとう。さようなら。
作品名:Peeping Tom 作家名:六色塔