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難攻不落

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『難攻不落』

 佳代子は職場の男性達から『難攻不落』と呼ばれている。
 無闇に気位が高いとか、やたらに理想が高いというようなことではない。
 それどころか、大人しくて気立ての良い、心優しい女性だと誰もが認めている……にも関わらず『難攻不落』なのだ。

 佳代子の容姿は少々特徴的ではある。
 小柄で細身、瞳はわりとぱっちりしているのだが、黒縁でまん丸の大きな眼鏡をかけているので目立たない、顔全体が小ぶりな童顔で、鼻も唇も小ぶり、メイクはごく薄く、私服のセンスも目立たない事を第一に選んでいるかのよう、生まれてこの方一度も染めたことのない黒髪はいつもポニーテール……もし三つ編みならもっと似合いそう。
 典型的ないわゆる『メガネっ娘』なのだ。
 来年には三十代に突入するが、ぱっと見には『ごく大人しくて引っ込み思案の真面目な中学生』にすら見えてしまう、目を惹く美人とは言えないし、セックスアピールはゼロに近い。
 だが実際はそんな女性に惹かれる男も少なくないもの、佳代子をデートに誘い出した事のある男性社員は決して少なくはない、デートした男の数だけなら女性社員の中でも上から数えて五指に余る、しかし、デートした回数となるといきなり下から数えた方がずっと早くなる。
 つまり、男たちは佳代子をデートに誘い出すまでは良いが、長くは続かないという事なのだ。
 


 佳代子は営業部勤務、佳代子自身は事務職なので外回りする事はないが、営業マン達は朝タイムカードを押して鞄の中身を整え、会社を飛び出して行き夕方まで戻らない、佳代子も6時過ぎまではたいてい会社にいて、社に戻って来る営業マンたちを笑顔とコーヒーで出迎えてから会社を後にする。
 そんな心遣いに男は弱いもの、営業部の男はほとんど佳代子を食事やお茶くらいには誘い出している、そんな評判は他の部所にも広まっていて、佳代子を誘い出そうとする男は営業部に限らない。

 それなのに長続きしないのは……話題が合わないから、それに尽きる。
 佳代子は男たちの話題にまるで付いて行けないし、男たちは佳代子の話題にまるでちんぷんかんぷんなのだ。
 佳代子は最近流行の音楽にはまるで疎く、男たちは佳代子が好むクラシックや古い映画音楽にはまるで疎い。
 佳代子は最近の映画にはまるで疎く、男たちは佳代子が好む旧い映画にはまるで疎い。
 佳代子は最近話題の本には疎く、男たちは川端康成や夏目漱石の名前は知っていても読んだ事はない……。
 
 実際、佳代子は音楽や映画に限らず文学、美術、演劇から古典芸能に至るまで広い興味と深い知識を持っているのだが、その美意識は独特で何とも今風ではないのだ。

 そんなわけで佳代子を食事やお茶に誘い出しても会話が弾まない。
 ならば、とカラオケやボウリングに連れ出そうとしても佳代子はどちらも大の苦手。
 酒も飲めず、クラブで踊るなど想像も付かない。

 決してお高くとまっている訳ではない、むしろその逆なのだが、結局男たちは取り付くシマを見つけることが出来ずに諦めてしまうのだ。
 
 そんなわけで大抵はデートしても一回きり、誘った男達も『ああ、こういう女性なんだ』と納得してしまうし、佳代子の方でもそんなものだと思っているから一度だけデートに誘い誘われ、二度目がなかったとしても営業マンたちと佳代子の関係は別にぎくしゃくするわけでもない、相変わらず佳代子は笑顔とコーヒーで出迎え、営業マン達も心和まされるものの、それ以上の関係には発展しないのだ。



 しかし、そんな佳代子を辛抱強く何度も食事に誘い出す男が現れた。
 資材部の木下悟と言う入社二年目の二十四歳、かなりのイケメンで、プレイボーイだと言う噂も耳にする。
 実際、営業部事務の同僚で佳代子とごく親しくしている亜季と言う女性がいるのだが、その亜季は資材部の宏という男性社員と付き合っていて、その宏が悟はモテモテだと証言しているのだと言うから確かなのだろう。

 亜季は佳代子と何もかも正反対、高校時代バスケで鳴らした亜季は会社の女子社員で一番の長身、性格も竹を割ったようにさっぱりと男勝りで積極的、顔立ちも大きな目と大きな口が感情を包み隠さず表してしまう、しかし、何もかもが正反対だからこそなのだろうか、一番の仲良しなのだ。
 その亜季が『気をつけなよ、佳代子って独特だからちょっと付き合ってみてお味見したらポイ、なんてことになりかねないから……あんたウブだから心配だなぁ……・』
と言ってくれるのだが、佳代子自身はもう悟に少し惹かれ始めている。
 これまで同様、最初に食事に誘ってもらった時の会話はまるで弾まなかったが、二度目に誘ってくれた時には少しはデートらしくなった、ずっと年下だが評判どおりのイケメンだし、話がいくらずれても黙り込まずに何と会話を続けてくれようとしていたのが伝わって来て、佳代子も何とか悟の話に合わせようとしていたのだ。
 そして、今日三度目の誘いを受けている……。


 実のところ、悟が辛抱強く佳代子を誘い続けるのには裏がある。
 悟のグループの主任は亜季の彼氏でもある宏、その宏に賭けを持ちかけられたのだ。
「あの難攻不落を落とせるかどうか賭けようぜ」と。
 つまり、悟が佳代子をベッドに誘い込むことが出来れば悟の勝ち、出来なければ宏の勝ち、悟の方に分が悪いので賭け率はそれなりで。
 宏に悪気があった訳ではない。
 悟が佳代子を気にかけている事に気付いていて、亜季が佳代子に彼氏が出来ない事を心配していることも知っていたので、少し焚き付けてやれ、くらいの気持ちで思いついた賭けだったのだ。
 ベッドに云々、と言うのは頂けないが、勝ち負けを決めるためのゴールとしてふと思いついたまでのこと……まさか佳代子が未だに処女だなどとは宏には想像も付かなかったから。


 
(流石に『難攻不落』と言われるだけあるなぁ……)
 デートだったにもかかわらず、悟は自分のアパートがある駅に九時には降り立っていた。
 話題を合わせようと歩み寄ったつもりだし、佳代子も歩み寄ろうとしてくれていた事を感じていた、それでも会話はすれ違い、今日はなんとなく気まずい沈黙の時間が長かった。
 噂に違わず悟はかなりモテる、高校生の頃から何人もの女性と付き合ってきたし、女性の扱いは一応心得ているつもりだったのだが、佳代子はどうも勝手が違う。
 正直なところ、悟の方で気がなくても一夜の関係を求めて来た年上の女性も何人かいる、悟自身は自分をプレイボーイだなどとは思わないのだが、一夜の関係を求められて悪い気がする男はいないし、今は特に彼女と言うような存在もいない、そんな求めに応じているうちにプレイボーイの評判が立ってしまったのだ。
 
 
 
(あたしってダメだなぁ……)
 佳代子も九時前に駅に降り立ってひとりごちた。
 ずっと年下ではあるし、プレイボーイだとの噂もあるが、正直なところ悟を前にするとドキドキしてしまう。
 前回誘ってもらった時は話を合わせようと一生懸命になった、それは今日も同じ。
作品名:難攻不落 作家名:ST