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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2

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 博之が『千石』に着くと、車を停めるために、近くの公園の駐車場に入った。そして、そこのベンチに座る愛音を見付けた。
「暑いだろ。店で待ってればいいのに。車は?」
「拓君に送ってもらったから」
「え? 拓君は?」
拓君とは、婚約者のことである。
「帰った」
「どうして?」
「お好み焼き、好きじゃないからって」
「そうか」
その愛音の表情に、博之は何か面倒な事情があることを予想した。

 その店は、博之が通っていた高校のすぐ近くに暖簾を出すなじみの店で、メニューのモダン焼きには、思い出がたくさんある。
「いらっしゃいませ」
「こんばんわ」
「あ、木田君。久しぶりだねぇ」
店のおばちゃんが、博之に気付いて嬉しそうに言ってくれた。
「ご無沙汰してます」
「この前、中川君来たよ」
「ああ、本当ですか。帰って来てたのか。彼元気にしてました?」
「とうとう映画の監督になってるらしいよ」
「そうなんですよ。まだ夢を追っかけてやがるんです」
中川とは高校で『映画研究会』を立ち上げた旧友だ。
「恵美ちゃんも息子さんとよく来るし、ここで同窓会でもしたら?」
「恵美莉も全然会ってないしな。子供何歳だっけかな?」
「もう春に大学卒業だってさ」
「おお、そうか。もうそんなになるのか。子供の顔も思い出せないくらいだな」
恵美莉とは中学時代から仲がよく、当時の博之とひとみ先生のこともよく知る一人だが、まさか隣に連れている女性が二人の娘だと知ったら、どんな顔するだろうかと博之は考えた。

「座敷空いてます?」
店主のおっちゃんに聞いた。
「おう、いいよ。上がって。モダンでいいね?」
「はい。二つ」
「ビールは?」
「俺、車だし、ノンアルコールで」
おばちゃんは座敷の障子を開けてくれた。
「いっつも思うけど、本っ当にアットホームなお店」
愛音は座布団に腰を下ろして、膝を抱えて言った。
「うん。卒業生全員覚えてるらしいよ」
「こんな店、パパと一緒じゃないと入れないわ」
 愛音は普段から、博之のことをパパと呼んでいる。そのことを不思議がる者も多いのは事実だが、シングルマザーに育てられたことから、父親恋しいという印象があり、彼女が特に慕っている博之のことを、父親代わりのように思っているのだろうと、周囲には受け取られていた。