隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
大人二人は当たり前のように話していたが、この子はまだ、状況をよく知らされていなかったのだ。すぐに返事をしない愛音にもう一度、
「マジなの? え? 結婚しないの? マジで?」
そして少し悲しそうに、
「お姉ちゃんの赤ちゃん、楽しみにしてたのに」
「大丈夫! 赤ちゃんは産むから」
「もう、あきったら、お姉ちゃんにもいろいろあるのよ。変なこと言わないで」
「ふぁーい」
「あきちゃん。お姉ちゃんね。とっても不幸な女なの!(笑)」
と言って秋日子を抱きしめた。
知子は愛音と台所で並んで料理した。そこは古い台所で、お祖母さんのサイズに合わせてあったのだろうか、すべての台が低く、鍋がアルミ鍋ばかりだったり、目の前の壁に給湯器が付いていたりと、知子の自宅のキッチンとは使い勝手がかなり違った。しかも、水道には浄水器も付いていない。
「お水は水道水を飲んでいるの?」
「ええ。ミネラルウォーターの方がいいですかね」
「まあ、水道で大丈夫だけど、ご飯炊いた時の味変わるでしょ」
「そんなにいい舌持ってないですよ」
知子は手際よく、有り物で5品ほどを、30分で料理した。
盛り付けを始めたころ、ガレージに車のエンジン音がするのが聞こえると、愛音は台所の勝手口から、外に出て行った。拓君を迎えに行ったのではない。お客が二人来ていることを、念押しに行っただけである。暫くして、勝手口から愛音が戻って来ると、玄関から拓君が入って来たが、居間には顔を出さずに自分の寝室へと消えて行った。
「車は愛ちゃんの貸してるのよね。修理した車はどうするの?」
知子は料理を皿に盛り付けながら、台所に戻って来た愛音に聞いた。愛音は秋日子が拭いたテーブルに、箸と湯飲みを並べながら笑って答えた。
「あいつに買い取ってもらいたいんですけど。ぶつけられたし、責任取って」
「そうよね。いくらで買い取ってもらうの?」
「180万です」
「それで妥当なの?」
「買った時はもうちょっと出したんですけど、もう事故車だし、今更下取りに出しても、そんな金額にはならないらしくって」