花火
再開の初恋
左足は膝下から足首まで石膏で固定された。松葉杖を使えば歩けるようになった。足の筋肉が衰えるからと、歩くことを医師から勧められたが、病院内では行く所は売店くらいであった。新聞と缶コーヒーを買うことが日課になった。もちろん廊下ですずに会えることを願っているのだが、会うことはなかった。ナースセンターに行けば会えるが、用事もないからそこで話はできない。
あと3日で退院の時
「明さん、明日は花火大会ですよ。屋上から見えますから、一緒に見ませんか」
とすずが言った。今までは名字で呼んでいたが名前で呼んだのだ。明はすずが25年前に戻ったように感じた。
「ありがとう。浴衣は僕がプレゼントします。好きなもの買ってください」
明は見舞い袋から、2万円ほど出した。
「それは駄目ですよ。奥様に渡してください。お気持ちだけ頂きます」
「後で僕の小遣いから補充しますから」
明はすずの手を掴み、金を掴ませた。すずは拒んだ。体が触れ合う。すずは病院内であるから諦めたのだろう。
「ありがとう」
と言いながら笑顔を見せた。
10人ほどの患者と3人の看護師が、夜空に咲く花火を見物していた。明は雨に降られた時のことを、昨日のように思い出していた。
いつもは消毒液の匂いが感じられるすずの体からさわやかな香水の香りを感じた。
明は、すずの手を握った。すずの手から、弱い力ではあったが、返ってくる力を感じた。
明はすずの顔を見た。空を見る横顔は、25年前に戻っていたように若々しいのだ。
ヒューヒューと音を鳴らしながら花火が空に昇って行った。大きな花が咲いた。明はすずと2人で花火の花の中にいるのだと思っていた。許されたわずかな触れ合いなのだ。