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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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花火

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トウモロコシの思い出



鼠色の夜空に大きな花火が上がった。菊の花の様に花火は夜空に絵を描いた。そして体が震えるほど大きな音を響かせた。火の粉が夜空から形をなくして落ちて来た。その花火の音に刺激されたかのように急に雨が降って来た。慌てた様に仕掛け花火が河川敷に文字を見せた。文字が消えかかる頃には連続して花火が打ち上げられた。
 明は花火を観てはいられなかった。バックのなかのビニールのカッパを探していた。何しろ手元が暗く、小さなバックに食べ物やらタオルなど入れ過ぎたのだ。一つづつ出して確かめればよいのだが、そんなスペースは無かった。それほど混雑していた。
 約束したすずは浴衣が気にくわないからと言って、後から来ると言った。明は1人で花火見物となった。天気予報では雨が降る確率10パーセントであった。毎年見ている花火で有り、自分の家からも打ち上げ花火は見られるので、どうするか迷ったのだが、すずに逢えるかもしれないと思う期待が明を花火見物の会場に向かわせた。
 カッパは見つからない。雨は小ぶりであるがかなり濡れてしまった。でも暑いから身体が濡れた事はそれ程気にはならなかった。雨を気にしたのか花火は連続で上がっていた。花火の灯りで見物する人の顔が映し出された。そのなかに明はすずを見つけた。傾斜した土手の中段に座っていた。明からは10メートルくらいの所であった。明はそこに行こうと思ったが、人混みで、それに足元が暗く移動するのには自分の足元をよく見ていなくてはならなかった。 土手に生えた草が濡れていて滑るから、明は座っている人に倒れそうになり体をぶつけた。『すみません』と謝ると無言で許してくれた。
 この辺りかと花火が打ち上げられたときに見渡したが、すずの姿は見えなかった。土手の上にすずが立っているのが見えた。明は声をかけようかとしたが、さっきと同じように10メートルほどの距離があったから声は届かないだろうと諦めた。急いですずの所に行くことにした。やはり、足元を見ながら土手を登らなくてはならないから、すずを見ながらとはいかない。土手を登りきろうとして、すずのいた場所を見ると、すずはそこにはいなかった。
 明は花火の色に惑わされたのかと思い始めた。すずと同じような女性がいた。さっきの所にもいたから、すずに見えただけなのかもしれないと思い始めて、もう一度辺りを見ると、紛れも無くすずと思う女性が目の前を歩いて通り過ぎた。やはり雨に濡れたのだろう、明には髪が濡れて重いのではないかと思えるほど、その女性は浴衣までもずいぶんと濡れて見えた。それは一瞬であった。すずに見えた女性は明の視界から消えた。大半の女性は浴衣姿であるから、すずに見えたのだろうか。
 大きな花火が上がり、地響きがする様な音が明の体を再び震わせた。火薬の臭いがしたかと思うと、風に吹かれて来たのだろうか、めったに見物席には落ちて来ない花火の殻が明の体にあたった。いつの間にか雨は止んだ。土手から離れると、焼きそばの臭いやイカの臭いがして来た。明は無性にトウモロコシが食べたくなった。
 明はトウモロコシを半分ほど食べて,ふとすずのくれたトウモロコシを思い出した。・・すきです・・トウモロコシの実が採られてそんな文字が書かれていた。
 
作品名:花火 作家名:吉葉ひろし