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ふじもとじゅんいち
ふじもとじゅんいち
novelistID. 63519
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サイバードリーミーホリデイズ

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暗い日曜日

暗い日曜日
両腕に花をいっぱい抱えた
私は私達の部屋に入った
疲れた心で
だって、私にはもう分かっていたのだ
あなたは来ないだろうと
そして私は歌った
愛と苦しみの歌を
私は一人ぼっちでいた
そして声を殺してすすり泣いた
木枯らしがうめき叫ぶのを聞きながら
暗い日曜日

苦しさに耐えかねたら
私はいつか日曜に死のう
生命の蝋燭を燃やしてしまおう
あなたが戻ってきたとき
私はもう逝ってしまっているだろう
椅子に座ったままで
目を見開いて
その瞳は
あなただけを見つめている
でも、どうか怖がらないで
私はあなたを愛しているのだから
暗い日曜日

      作詞:ヤーヴォル・ラースロー








 その年のはじめから、一艘の船が太平洋上に、時に大西洋上に、時にインド洋上に漂泊していた。ただ、その船を見かけたものは誰もいない。まるで幽霊船のようにどこかに漂っている。だがいつの日か人々の前に姿を現す機を伺いながら、絶え間なき陽光に包まれて大海原を進んでいた。光抱き、微笑みと共に現れる日を待ち望みながら。

***

 期を同じくして、SNS上に一つのアカウントが舞い降りた。そのアカウントはNoah-botと名乗り、この世の古今東西、森羅万象の知的遺産を、美しい詩として、小説の一節として、哲学、宗教、人文科学全般を、時には軽妙なジョークや小話を紹介する形で投稿し続けている。きっかり一時間に一ポスト、時報のように。なに一つ重複することなく。例えばこんな風に。
Noah-bot 一番目のつぶやき 
「下を向いてたら
虹を見つけることはできないよ」
      (チャールズ・チャップリン)

 たかだか百文字足らずの投稿であったが、その宝石のように輝く数多のつぶやきに魅せられたフォロワーは、わずか半年足らずで全世界で二十億人にも達した。二十億人とはそのSNS全参加者の八割を超えている。誰もがそのNoah-botの正体を知りたがったが、知る由も、術もなかった。
 





 世界が終わったとしても年の瀬はやってくる。いや、年の瀬がやってきているということは、まだ世界は終ってないのかもしれない。  
 大晦日。鈴木草介は年が明けて何かよそよそしく、あるいはどこか能天気な正月よりも、一年が暮れていく風景に身を没し、物思いに耽けられる年の瀬の方が遥かに好きだった。しかし恨めしいことに今夜はそんな感傷に浸ることもできず、自身が参加しているボランティア活動のため出かけることになっていた。妻の沢村ジェシカの買い物に付き添い。家の雑事を終わらせ、そろそろ出かけなければならない。
「因果な話しよね。わざわざ大晦日に」
「十時には戻れるよ、たぶん。泰月庵に予約入れてあるから帰ったら酒と蕎麦で年を越そう。目途がついたら連絡するよ。」
 午後四時半を回り、陽はすでに暮れかかっている。北風が強くマフラーを首に巻き家を出る。妻であるジェシカは大晦日の夜の団欒を奪われたことに多少残念とは思うものの、草介のボランティア活動の理解者でもあるので、諦めざるを得ないというところなのだろう。そもそもジェシカ自身も中東の戦災孤児を日本の里親に引き合わせるというボランティア活動をしており、ボランティア活動の理解者ということでは、相互に認め合う立場でもあった。
 家を出ると、相変わらずゴミの山が道路脇という道路脇に小高く山積みされた光景が目に入る。すでに見慣れてしまった光景とはいえ、うんざりする気持ちに変わりはない。それでもこの辺りは道路脇に雪かきでもするかのように寄せられ、車一台分ぐらいは通れる状態にはなっているので、まだましといえばましな方なのではあったが。しかし一年前、誰が次の正月をゴミ山の中で迎えることになると考えたであろうか。
 あの二か月前。悪夢のような国の財政破綻以来、多くの公的機関が停止状態になり、様々な分野で住民サービスは置き去りにされていた。そもそも公務員は給料が遅延、事実上停止している。それでもはじめの一か月ぐらいは多くのところで、職務に忠実だからか、なけなしの良心からなのか、暇だからなのか、無給でごみ回収は続けられていたのだが、やがてゴミ焼却の燃料がなくなったり、給料無配の抗議で焼却炉が破壊される事件が続出し、ここ一月でかなりの所でゴミ回収が滞っているということであった。これも自治体によってあからさまに差は出ているらしいのだが。
 風が一段と強くなっている。ほうぼうでゴミ袋が吹き飛ばされ、生ごみが散乱し、辺りはひどい悪臭で満ち満ちている。その悪臭に連れられ、これまたそこら中にカラスがどこからともなくやってきて、ゴミ袋を突き散らしている。草介が通るすぐ脇にもゴミを啄(ついば)んでいる二羽のカラスが一瞥を送ってくる。奴らにとってはご馳走の山、天国みたいな状態なのであろう。「いつだって天国も地獄も長く続くことはないのだぞ、なあカア公」と言ってやるが、その時点で幸せを掴んでいる奴を相手に勝ち目があるわけでもない。すると片方のカラスが草介に向けて
「カーカー(お前の知ったことか。なあジャッケル)」と鳴き、もう片方が
「カアカア(全くだ。それより自分の心配でもしてろってえの。なあヘッケル)」
 と相鎚を打つかのように鳴いている。あたかも草介に話しかけているかのように。
 
 何か心の内を読まれてでもいるかのような鳴き方に心が引っかかりながらも先に進むと、今度は前方で何か網のようなものを投げ広げている男を目にする。網のようなものは網そのもの、投網らしく、どうやらカラスを捕獲しているようなのであった。逃げ延びた十数羽のカラス達はその男の頭上を旋回し、けたたましく濁った鳴き声をあげ、捕らわれた仲間の安否を気遣ってるのか、もしくは奪還できないものかと雄叫びをあげている。そのうちの何羽かのカラスが急降下し男の頭に次々と襲いかかろうとするが、男はそれが威嚇でしかないことを知っているかのように、何一つ動じることなく作業を続けている。慣れた手つきで網にかかったカラスの首をひねり、一羽ずつ絞めその場で羽をむしっているのだ。カラスの黒い羽をむしるとその下には白い羽毛が現れる。カラスの羽毛が白いというのを、草介はその時はじめて知った。丸裸になったカラスは用意していたのだろう、段ボール箱に次々と放り入れられていく。到底一人で食べられる量ではないので、どこかに売り捌くということなのだろうか。暫く上空で鳴き叫びながら旋回していたカラスも、男が全てのカラスを段ボールに入れ終わると、諦めたかのようにどこかに飛び去って行き、辺りに静寂が戻った。
 草介が暫く立ち竦(すく)んでその光景を見ていたのをその男は知っていたのか、ニタリとあまり気持ちのいいとはいえない笑みを浮かべ、声をかけてくる。へちゃむくれた顔を一層にやけさせて。
「一匹持っていくか?うまいぞ」
「出かける途中なもんでね」
 さっきまでカラスにとって天国だったゴミの山はあっという間に地獄と化したわけだ。草介はどこに災厄が降りかかってくるか分かったもんじゃないと思いながらも、カラス肉なるものがどんな味がするのか多少興味をそそられたが、踵を戻し駅へと向かった。