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③冷酷な夕焼けに溶かされて

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不遇の生い立ちと愛情


「話に聞く以上の気性でした。」

「やっぱ先に説明しとくべきだったんじゃないですか。」

「いや、そもそもあのババアが来た時点で計画は潰れてただろ。」

「ですね。いずれにしてもニコラは狙われていたわけだし…。」

ヒソヒソと話す男達の声が聞こえる。

身動ぎすると、何かやわらかであたたかな物に包まれていることに気がついた。

私がゆっくりと目を開くと同時に、頭上で深いため息が聞こえる。

「…はぁ…」

(このため息は…!)

ハッと顔を上げると、夕焼け色の瞳と至近距離で視線が絡んだ。

「ミシェル様!…んっ!」

思わず身を起こそうとした瞬間、首に激痛が走る。

「おまえ…どこまでお転婆なのさ。」

太ももに肩肘ついた状態で片腕で私の首をそっと支えてくれながら、ミシェル様が呆れたように私を見下ろしていた。

どうやら、私はミシェル様の胡座の上に抱かれているようだ。

私はその胸に頬を寄せ、しがみつく。

「ご無事だったのですね!」

言いながら、大粒の涙が両瞳から溢れだした。

嗚咽する私をミシェル様はきゅっと軽く抱きしめ、耳元に唇を寄せる。

「無茶しやがって…。」

いつになくくだけた口調でミシェル様は呟きながら、私の右手をそっと持ち上げ口づけた。

そこには、白い包帯が巻かれている。

「抜き身の刃を素手で握るなんて、おまえ馬鹿だろ。」

毒づくけれど、その瞳は切なく揺れていた。

「…なぜ、あのババアを助けた。」

「なぜ、って…お母様とうかがったから…。」

「!」

ミシェル様は小さく息をのむと、ふいっと顔を背ける。

「…あんな魔物、母親なんかじゃない。」

そう言うミシェル様の体は、小刻みにふるえていた。

確かに、ミシェル様は不遇の生い立ちだ。

実母から歪んだ愛情をかけられ、実父からは疎まれ、養母から愛情をかけられることなく育ったということは、充分わかった。

だから、子どもらしい遊びを知らず、常に暗殺を警戒するほど人を信じることができなかったのだ。

実母と思っていた人は実は実母でなく、実父からも疎まれ、家族の中で自分だけが除け者にされてきたミシェル様を思うと、胸が潰れそうになる。

でも、かけがえのない家族だったはず。

それを実母に残酷に殺され、しかもそれが自分のせいだと知った時のミシェル様は、どれほど苦しまれただろう。

どれほど寂しかっただろう。

どれほど愛情が欲しかっただろう。

「なにを泣いている。」

戸惑った表情で、ミシェル様が私を覗き込んできた。

「ミシェル様…。」

私は、そのあたたかく柔らかな胸に頬をすり寄せる。

「好きです。」

私の言葉に、ミシェル様の体がビクッとふるえた。

「大好きです、ミシェル様。」

頬を寄せた胸の鼓動が途端に大きくなり、早鐘へと変わる。

「血の滴る外套を見た時は…私も死にたかった…。」

とめどなく溢れる涙がミシェル様の胸を濡らすけれど、私はより深くその胸にしがみついた。

すると、ふわりと包み込まれ首筋に熱い吐息がかかる。

「…それは、こちらの台詞だ。」

いたわるように抱きしめられ、首筋に唇を寄せられた。

「おまえの手の傷を見たときは…心臓が止まるかと思った。」

そして、ゆっくりと腕を解かれ、後頭部を支えられながら顔をのぞき込まれる。

「…。」

間近で熱っぽく見つめられ、私の鼓動が一気に高鳴った。

「ぷっ。きったない顔!」

ミシェル様がいたずらっ子のように笑う。

「!!」

「鼻水、つけてないだろうな。」

言いながら鼻をぐいっとつままれて、拭われた。

「…っや!もう遅いです!!」

私の言葉に目を丸くしたミシェル様は、濡れた胸元と私を見比べて呆れた表情をする。

「…ごめんなさい…。」

しゅんと目を伏せると、ミシェル様の体が小刻みに揺れ始めた。

「くくく…」

次の瞬間、お腹を抱えて笑い始める。

「ははははは!!!」

初めて見る大笑いに、私は呆気にとられた。

「おまえみたいな女、初めてだよ。」

笑いながらミシェル様の瞳が細められ、じょじょに顔が傾く。

「!」

近づく唇に甘い予感を感じ、私も瞼を閉じかけたその時。

「ごほん!」

咳払いが聞こえ、互いにピタッと動きが止まる。

「邪魔するな、リク。」

先程までのやわらかな雰囲気が嘘のような冷たさを纏い、ミシェル様は斜め後ろをふり返る。

すると、その視線の先にはあの黒装束の男が座っていた。

(!気づかなかった!!)

よくよく見れば、ルイーズもフィンもそこにいる。

ミシェル様に想いを告白したのも、口づけしようとしたのも、全て見られていたと気付き、羞恥で一気に体温が上がった。

「続きは、宿営に着いてからにしてください。」

ミシェル様以上の冷ややかな視線で、リクと呼ばれた銀髪の男が答える。

「とりあえず、計画を立て直さねばなりません。ルーナ様も意識が戻られましたし、暗くなる前に戻りましょう。」

フィンはそう言いながら、リクと共に私の足元に跪いた。

「自己紹介が遅れました。これは私の父で、花の都王子『理巧(りく)』です。」

「…父!?」

思わず素っ頓狂な声をあげた私に動じることなく、リクは頭を下げる。

「先ほどは、失礼致しました。」

(あの時と、雰囲気が全然違う…。)

「改めまして、『理巧』と申します。正式には花の都王弟ですが、今は『星一族』という忍の頭領として参っております。フィンは我が第一子で花の都王子でもあり、忍の次期頭領でもあります。」

(王子!?)

「ちょ…ちょっと待って!フィンは、ララの息子だって…奴隷の身分だって…」

「ああ、それはルーチェで修行する時の設定です。」

さらっとフィンが答えた。

「設定?」

「はい。公には正体を明かせませんので。表の顔です。」

「…では、ララが話してくれた『ご主人を早くに亡くして女手ひとつで育て上げた』というのは」

「作り話です。確かに彼女は夫を任務で亡くし娘がひとりいますが、僕の乳母であり、星一族の下忍でもあります。正式には『楽楽(らら)』と言います。」

悪びれることなく淡々と告げるフィンに、思わず頭を抱え込む。

「…忍って、噂では聞いていたけれど…本当に存在していたのね…。」

「確かに、基本的には花の都とおとぎの国で騎士と同じように国防に当たりますので、実際に会うことはないでしょうね。僕は次期頭領の修行で国外に出たので、例外です。だからこそ、嘘の設定が必要でした。騙してすみません。」

(絶対、悪いと思ってないよね。)

「忍って、こんな感じなのですか?」

私がミシェル様を見上げると、ミシェル様も無表情で答えた。

「さあ。私も忍には、初めて会ったからな。」

(そうですか…。)

(それにしても…。)

私は、ちらりとリクを見る。

銀のマスクで顔半分を覆っているけれど、まだ私とそう変わらない青年にしか見えない。

それなのに、フィンのような大きな息子がいるなんて…。

「早速、浮気か?」

耳元で低い声が聞こえ、私は慌ててふり返った。

「違います!あまりにもお若く見えるので…。」

私の言葉にリクが反応する。