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③冷酷な夕焼けに溶かされて

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正解


耳元で、水音がする。

何かを絞る音がした後、額にひやりとした湿った物が乗せられた。

「ん…。」

薄く目を開くと、見覚えのある天井が目に入る。

「…気がついたか。」

低い声のほうへ向こうとした瞬間、顎と首に激痛が走った。

「…ぅ…!」

思わず手で首を押さえると、布が触れる。

「触るな。膏薬が剥がれる。」

優しく手首を掴まれたけれど、その手はかすかにふるえていた。

「…お顔を…見せてください。」

声の主の方をふり向けない私は、掠れた声でお願いしてみる。

けれど、なぜか逆に離れる気配がした。

「ミ…シェル様…。」

うまく声が出せない私は、必死にその名を呼ぶ。

「私…お役に…立てましたか?」

私の言葉に、立ち止まる気配がした。

「…あれが…正解で」

最後まで言い切らないうちに、体をきつく抱きしめられる。

額に置かれていた濡れタオルは落ち、首と顎に激痛が走るけれど、ミシェル様の大きな手のひらに後頭部を支えられ、包まれたぬくもりに私はホッと息を吐いた。

「充分だ。」

そう言う声は、明らかにふるえている。

私はその広い背中にそっと手を回すと、抱きしめ返した。

「…真相を…そろそろお聞かせ頂けませんか?」

ミシェル様は少し考える様子があった後、ベッドへ優しく寝かせてくれる。

そして身を離すと、落ちた濡れタオルを再び冷水に浸し、私の額に乗せてくれた。

ミシェル様はそのまま私の隣へ横たわると、私の頬を指の背で撫でる。

(…この感触は…。)

なぜか、口づけをされた夜のことを思い出した。

あの夜、ルイーズに頬を撫でられる夢を見たけれど…もしかしてあれは…。

私が再びミシェル様のほうへ寝返りをうとうとした時。

「ミシェル様。」

ノックの音と共に、ドア越しにフィンの声が響いた。

「覇王様から、書簡が届いております。」

ミシェル様は小さく息を吐くと、ベッドを軋ませながら起きる。

「ミシェ…ル様!」

思わずその横顔に声を掛けると、ゆっくりとこちらをふり返った。

「すぐ戻る。」

そう言う表情は僅かに緊張が見て取れる。

「フィン。ララを呼べ。」

私の視線から隠すように顔を背けると、ミシェル様はベッドから素早く降りてマントを纏った。

テーブルの水差しから、優雅に水を注いで飲み干したミシェル様は、こちらをふり返らず寝室を出て行く。

それと入れ替わるように、ララが入ってきた。

「ルーナ様!よく…よくご無事で!!」

涙声で駆け寄ったララは、私の手を握り嗚咽する。

「心配かけて…ごめんなさい…ララ。」

掠れた私の声に、ララがハッと顔を上げた。

「喉が乾いていらっしゃるのでしょう?お水、飲まれますか?」

「…ん、お願い…。」

すると、ミシェル様が飲んだグラスにララが水を注いで持ってくる。

「飲めそうですか?」

ララがストローを支えてくれ、私はようやく喉が潤う。

「ルイーズ…セルジオは?」

一息吐いた私が訊ねると、ララがグラスを片付けながら笑顔でふり返った。

「ご無事ですよ。ルーナ様のおかげで、罪も許されたと聞いております。」

(…良かった!)

私がホッと安堵の息を吐くと、ララがからかうような口調で果物を持ってくる。

「それにしても、こんな清楚なお姫様が、まさか『剣の達人』だとは!」

「…ララ…。」

頬を熱くしながら、私は目を逸らした。

「国王様は、とても心配されていましたよ。ルーナ様が目覚められるまで丸二日、ずっと付きっきりで看病されていましたから。」

(…ミシェル様が…。)

『ヘリオスを殺せ』

ルイーズに命じたあの言葉は、彼の罪を許すため、ということは私にもわかっていた。

そして、ルイーズもそれに応えたのだと。

ルイーズだからこそ、私の頸の骨を折らずに、窒息もさせずに、でもすぐに気を失うような絶妙な力加減で私を『殺そう』とした。

そして、ルイーズの罪が赦されたということは、やはり私の判断は、間違っていなかったのだ。

ミシェル様に、『何でもする』と言ったあの晩。

『思い上がるな』と去ってしまわれた後、私は考えた。

きっと、覇王へのヘリオス献上が原因だということまでは察しがついていた。

けれど、それとルイーズ拘束がどう繋がるのか、結局わからなかった。

『ルイーズを処刑したくないはず。』

そう考えての今回の行動だったけれど、これで間違いなくルイーズは救えた。

けれど、ミシェル様は?

『充分だ』とミシェル様はおっしゃっていたけれど、本当にそうなのだろうか?

では、なぜ覇王から書簡が届いただけで、あんなに強張った表情をされたのか…。

なぜ、ここで読まれないのか…。

不安は募るばかりだった。

「りんご、剥きましょうか?」

私の不安を遮るように、ララが真っ赤に熟れたりんごを笑顔で見せる。

「…ううん。今はいいわ。」

りんごとミシェル様の顔が重なった。

すりおろし蜂蜜りんごの甘酸っぱさを思い出すと同時に、ミシェル様へ甘い感情を抱く。

(また、食べたい…。)

そう思いながら、ふわりと意識が浮遊した。