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②冷酷な夕焼けに溶かされて

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不器用な人


遠くで、扉が閉まる音がする。

思ったより早く帰ってきたミシェル様を、私は出迎えようと椅子から立ち上がった。

そこへ、ミシェル様がカーテンをめくって入ってくる。

「行くぞ。」

唐突にミシェル様は私の手首を掴むと、そのまま私室の裏庭へ出た。

そのまま、私を引っぱって早歩きで奥へ進む。

「誰も近づけるな。」

ミシェル様は、ついてくるフィンや影をふり返らずに命じた。

「どこへ行くのですか?」

陽の光を反射しながら風にそよぐやわらかな白金髪を見上げて訊ねても、返事はない。

(ご機嫌ななめ?)

不機嫌な様子ながらも、色とりどりの草花を踏まないよう畦道をちゃんと通るミシェル様に、僅かな変化を感じた。

(後宮の庭では、花に目もくれず真っ直ぐ歩いていらしたのに…。)

嬉しい変化に頬をゆるめた時、ミシェル様の足が止まる。

「あ…」

背中越しに見えた風景に、思わず感嘆の声が漏れた。

そこには美しい湖があり、それを彩るように湖畔一面にレンゲソウを含む様々な花が咲いていたのだ。

ミシェル様は私の手を離すと、整備された芝の上に座る。

私もそれに倣ってミシェル様の後ろに腰を下ろし、美しい風景に目を細めた。

「ここは…本当に美しい国ですね。」

私の言葉に、ミシェル様がゆっくりとふり返る。

「もっと、色々なところを見に行ってみたいです。」

私がその夕焼け色の瞳を見つめながら微笑むと、ミシェル様は無言のまま見つめ返した。

「この国のことを、ミシェル様のことを、きちんと知りたいです。」

私の言葉に、ミシェル様はふいっと顔を逸らす。

(なにか、悪いこと言ったかしら…?)

小さく息をのむ私の前で、ミシェル様は大きく伸びをした。

先ほどまではヘリオスとして試され殺伐としていたのに、一転して穏やかな心なごむ場所に連れてこられ、正直戸惑うところもある。

けれど、この二面性が、ミシェル様なのかもしれない。

覇王の手足となって他国を侵略し、王位継承者と姫以外は王族も側近も忠臣も全て処刑する冷酷さをもつ反面、残した王子にはきちんと王位を継承させ、姫には後宮に囲うふりをして実はしがらみを解き放ち、自由を与えている。

(本当の、優しさを持っている方なのかもしれない。)

それは、この穏やかな時間からも十分に感じた。

(セルジオの放免を真っ直ぐにお願いすれば、通じない方でないはず…。)

私が勇気をふり絞って口を開こうとしたその時、ミシェル様はレンゲソウを一輪摘んだ。

「何か作れ。」

桃色のレンゲソウを私へ手渡しながら、ミシェル様は再び湖を見る。

「…はい。」

言うタイミングを逃し、私は肩を落としながら渡されたレンゲソウを見た。

(何を作ろうかな…。)

ミシェル様の後ろ姿に視線を戻すと、そのふわふわの白金髪が風にそよぎ、陽の光を反射して時折エンジェルリングを作る。

(妖精の王様みたい…。)

幻想的なその姿に、私はうっとりしながら自然と湖畔に生えているレンゲソウへ手が伸びる。

(また、後でお願いしてみよう。)

(同じ部屋にいるのだから、機会はいくらでもあるはず。)

思い直した私がレンゲソウの歌を歌いながら編み始めると、ミシェル様がゆっくりとふり返った。

「冠か。」

私の手元を見て、ミシェル様が呟くように言う。

「はい。お似合いだと思って。」

編みながら笑顔で答えると、ミシェル様がごろんと横になり、膝に頭を乗せてきた。

「!」

あたたかな重みに、胸が小さく高鳴る。

夕焼け色の瞳に見上げられ、鼓動がだんだん早くなった。

「…そういえば、ミシェル様は王冠を身に付けられないのですね。」

鼓動の高鳴りをごまかすように訊ねると、きれいな夕焼け色の瞳がそっと伏せられる。

「…邪魔だからな。」

なんだかそれだけでない雰囲気だけれど、敢えて触れないようにした。

そのまま瞼を閉じたミシェル様を、私はジッと見下ろす。

私の膝に頭を乗せ寛ぐミシェル様に、鼓動がどんどん高鳴る。

花の香りに包まれ、優しいそよ風に揺れる白金髪に合わせて心が揺らぎながら、私は花冠を完成させた。

けれど、ミシェル様はいつの間にか寝息を立てて眠っている。

作った花冠を傍らに置くと、私はミシェル様の髪の毛にそっと触れてみた。

癖毛の白金髪は思いの外やわらかく仄かに温かく…それはまるでミシェル様そのもののようだった。

(可愛らしい顔立ちなのに、燃える夕焼け色の瞳は恐ろしく冷ややかで、何を考えているのかわかりにくい気難しい性格に見えて、実は心の内は真っ直ぐで温かい。)

セルジオへの今朝の態度は未だ理解できないけれど、きっと何か考えがあってのことのはず。

ミシェル様は突き放しているようで、実のところ私達のことを何より考えてくれている。

(私達のためにならないことは、なさらない。)

ヘリオスの力試しの後も、自ら手当てをしてくださるし私が兄の身代わりにヘリオスとされていたことを憂いてくれた。

あまりにも不器用な本当の姿に気づいた時、私の胸に今までとは種類の違う温かな感情が生まれる。

(この方の、役に立ちたい。)

自然と、そう思えた。