②冷酷な夕焼けに溶かされて
「…なぜ、おまえの父も兄も、おまえにこんな役割を与えたのだ。」
やわらかなくせ毛が私の耳にふわりと触れる。
「確かに、おまえの身体能力は稀有だ。だが、姫を戦に出すなど…おまえをどうしようと思っていたのだ…。」
こぼれる言葉も抱きしめる体もあたたかで、私の心をゆっくりと溶かした。
「ルーナ。」
甘く、呼ばれる。
いつの間にか馴染んだその名前に、私はゆっくりとふり返った。
すぐそこには、美しいミシェル様の顔があり、静かに傾く頬に合わせて目を閉じたその時。
「ミシェル様。」
カーテンの向こうから、フィンの声がした。
「…なんだ。」
サッと離れたミシェル様は、私を隠すようにマントを広げ立ち上がる。
「覇王様の使いが参っております。」
ミシェル様は、そのままカーテンの向こうに出て行った。
私は大きく息を吐く。
(…私、今、ミシェル様と口づけしようと…。)
思いがけない自分の行動に、鼓動が激しく打ち乱れ、身体中が熱くなった。
「…どういうこと?」
自分の気持ちがわからない。
後宮の女としては当然の姿なのだろうけれど、でも明らかに昨夜までと違う自分に驚き、ついていけない。
私は動揺する心と頭を落ち着けようと、立ち上がる。
その瞬間、手から上着が落ち、自分が上半身裸だったことを思い出した。
私は慌てて肩や腕の傷に薬を塗ると、それらの傷が隠れそうなドレスに着替える。
そして髪の毛を結い直そうと鏡の前に座り、首すじの痣に気づいた。
「そうよ、これ…。」
私は髪を解くと、そのまま下ろした状態で結ぶ。
ヘリオスとしても、女としても、私を扱うミシェル様。
二面性を受け入れてくれる度量の大きさに、私は改めて気づいた。
(そんな寛容な方が、なぜ…。)
きっと牢に入れられているだろうセルジオが気になる。
『もう、おまえは信用ならぬ。』
(『信用ならぬ』ということは、どういうこと?)
(まさか、処刑なんてことは…。)
不穏な考えが頭を過り、ぞくりと背筋がふるえた。
(なんとか許して頂けるようお願いしてみよう。)
私は、改めて強く決心する。
そして、待ち構えるようにミシェル様の帰りを待った。
作品名:②冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか