②冷酷な夕焼けに溶かされて
心
ここは、ミシェル様の私室にある小部屋。
リビングの奥にあり、寝室と浴室に挟まれた場所にある。
寝室とリビングからはカーテン一枚で隔てられている為、どこからでも入ってこれる部屋だ。
「国王様のお部屋に住むことになるなんて、ルーナ様だけをご寵愛くださってるんですねぇ。」
ララが感心しながら、嬉しそうに荷物の整理をしている。
今回こうなった経緯を知らない者から見れば、そういうふうに見えるのだろう。
私は曖昧な笑顔を浮かべながら、髪の毛を結い上げた。
「あっ…ルーナ様。…首に…。」
ララの言葉に何気なく鏡を見ると、首に赤い痕がついている。
「っ!!」
その瞬間、昨夜ミシェル様に口付けられたことを思い出し、カッと赤くなりながら咄嗟に手で隠した。
「ご寵愛の証なので、むしろご自慢なされませ。」
ララがからかうように言うけれど、私は目を逸らして俯く。
(…頬が熱い…。)
痣を手で隠したままの私に、ララはため息を吐きながら衣装箱を開けた。
「マントや襟巻きのようなものがあればいいんですけどねぇ。」
ララがごそごそと探すけれど、通常女性の衣装で襟巻きやマントはない。
「あとで国王様にご相談致しましょうかね。」
笑顔で戻ってきたララが、私に化粧を施してくれながら眉間に皺を寄せた。
「それにしても、この唇…いかがされたんですか?」
ララが心配そうに覗き込んでくる。
「ちょっと……猫と遊んでいる時にぶつけてしまったの。」
しどろもどろになりながらごまかすと、ララは薬器を取り出し、唇に塗ってくれる。
それは今朝、ミシェル様も塗ってくださった軟膏だ。
「国王様から頂いたこの秘薬、王以外は使うことが許されない稀少な薬草を使った物ですから、きっとあっという間に治りますよ!こんな貴重な物を惜し気もなくくださるなんて…本当にルーナ様への愛情を感じられますよねぇ。」
(そんな薬だったなんて…知らなかった。)
ミシェル様のお心が、いまいちわからない。
私がヘリオスだから大事にしているのかと思えば、ヘリオスだからと利き腕を切り落とそうとしてみたり…。
片時も傍を離れるなと言われ、部屋もミシェル様の私室に移されたので軟禁されるのかと思えば、どうやらミシェル様がいらっしゃらない時は禁止区域以外、自由にしていていいようだ。
(ミシェル様にとって、私は何なのだろう…。)
そもそも、ヘリオスだということは昨日の段階でわかっていらっしゃった。
私とセルジオが幼馴染みだということも、恐らくご存知だった。
セルジオがヘリオスの真実を隠しているかもと疑われるなら、その時点で思われたはず。
けれど、丸一日経ってなぜ突然、その罪を詰問されたのか…。
男妾として扱った時でさえ、あんなに気遣っていらしたのに、先程はただただセルジオへの怒りのみが感じられた。
「あら、これは昨夜ご一緒にお作りになられたんですか?」
ララの声にリビングの方へ行くと、昨日のレンゲソウの首飾りがふたつ、テーブルに置かれていた。
「もうしおれてしまっていますねぇ。処分されますか?」
その言葉に、咄嗟に私は首をふる。
「ドライフラワーにしたいわ。」
「レンゲソウのドライフラワーは、難しいですよ。」
「…失敗したときは、仕方ないわ。けれど、これはミシェル様が初めてお作りになった物だから。」
言いながら、私はミシェル様が作られた首飾りをそっと手に取った。
すると、ララは頬を赤くしながら明るく笑う。
「なんだか、私のほうが照れますねぇ!
わかりました!やってみましょう!!」
そして二人で私室裏の庭に出て、軒先に首飾りを2つ吊るした。
「ここも花盛りですねぇ。」
ララが目を細めて、裏庭を見渡す。
そこには色とりどりの花が美しく咲き誇っていた。
「…この国は…美しいわね。」
祖国デュー国は冬が長いので、草木や花々を見ると嬉しくなる。
私はペーシュを連れて、庭に出てみた。
後宮の庭ほど広くないけれど、ルーチェ固有の華やかな花がたくさん咲いていて、セルジオのことが気掛かりながらも少し心が浮き立つ。
「たくさん摘んで、お部屋に飾りましょう。」
私の言葉にララが大きく頷いた。
そしてペーシュが走り回る中、ララと二人で花を摘み、庭を散策する。
日が高く上がった頃、フィンがやってきた。
「間もなくミシェル様がお戻りになられます。」
作品名:②冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか