水から見る世界
2.兄弟姉妹編
今日もガラスの向こうでは、おもしろい光景が繰り広げられていて飽きることがない。
その日リビングでは、この家の妻が、訪ねて来た妹とお茶を楽しんでいた。
「それ、本当なの?」
「ええ、私、ずっと誠さんのことが好きだったの。姉さんたちの結婚式で見た時からずっと……」
「それで、主人にそのことを伝えてほしいわけ?」
「迷ったんだけど、もう私も三十になるし、そろそろ結婚も考えようかと」
その夜、仕事から戻った夫に、早速、妻は昼間の話をした。
「えっ、悦ちゃんが誠を好きだっていうのか!」
「そうなのよ、びっくりよね。誠さんには彼女はいるのかしら?」
「たぶんいないと思うけど、あいつには店があるからな――」
そう言って、夫は下を向いた。
「本当は俺が継ぐべきだった鰻屋を、弟のあいつが継いでくれた。そのおかげで俺はこうしてなりたかったエンジニアになれたんだよな。でも店をやっているあいつは、結婚相手には母さんのように店を手伝ってもらわなければならないからな。結婚を意識したら簡単には彼女もつくれないかもしれない」
「そうね、そう考えると悦子では難しいかも。あの子、そういうの苦手そうだわ」
「ま、一度、それとなく話してみるよ」
三日後の夜、意外な提案を持って夫は帰ってきた。
「誠も、悦ちゃんのことは気に入っていたようだよ。身近でこんなことってあるんだな。でもやっぱり店のことがあるから言い出せなかったみたいなんだ。
それでだ、試しにバイトをしてみたらどうだろう? 一週間限定ということなら、悦ちゃんも気楽に体験してみようと思うんじゃないかな」
それから一週間後、ふたりはリビングで、ため息をついていた。
「やっぱり、無理だったか……」
「悦子もがんばったみたいなんだけど……」
「向き不向きはあるさ。仕方ないよ」
ところが、それから一年後、驚いたことにこの部屋の住人は、誠と悦子に入れ変わっていた。
「誠さん、あれからもう一年になるのね」
「そうだな、兄さんもすっかり一人前の鰻職人になったから俺もそろそろ用済みだな」
「そうね、やりたかった介護の仕事を探す時がようやく来たわけね。もう資格も取ったことだし、きっとすぐに見つかるわ」
「ああ。それにしても君の姉さんは、客商売が天職のような人だね。てきぱきしているし、客あしらいも上手だし。新米料理人の兄さんには鬼に金棒だよ」
「ほんと、姉妹なのに私は全くだめだったものね」
「でもあのあと、兄さんがリストラにあって、いきなり家を手伝わせてくれないか、と言ってきた時は驚いたよ。親父には悪いが、特に好きで継いだ店ではなかったし、君との結婚の障害にもなっていたから、ホント助かったけどな」
「こんなこと言ったら悪いけど、お義兄さんのリストラのおかげで、私たちは結婚できたようなものですものね」
「これでよかったんだと思うよ。真夏の書き入れ時ほど汗を流さなければならない過酷な仕事だけど、案外、兄さんには合っているみたいで、生き生きと働いているし」
「お義兄さん、お義父さんの血を受け継いでいるのよ、きっと」
「そうだ! これから鰻を食べに行かないか? 売り上げに貢献しにさ。それに今夜は神社の夏祭りだろ」
しばらくして帰ってきた誠の手には、一匹の金魚の入った袋がぶらさがっていた。そして、僕の水槽のところへ来ると、その金魚を中へ放しながら言った。
「さあ、彼女だよ、これで淋しくないだろう?」
兄貴と違って気が利くなあ、と感心した僕は、尾を水面にパシャッと打ちつけて、彼女を歓迎した。