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水から見る世界

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1.夫婦編


 金魚鉢の中、人は観賞として楽しみながらも、一方でこの狭い世界で暮らす生き物を気の毒に思っていることだろう。ところがそうでもない。この中から見える、ガラスの向こうに繰り広げられる光景は実におもしろい。
 
 
 深夜、この家の男が帰ってきた。妻はとっくに寝ている。その時、携帯が光り、バイブ音が鳴った。男はリビングの隅にあるこの金魚鉢の近くに来て、小声で話し始めた。
「今度の土曜、何とか行けるようにするよ。ホント、約束する。日曜の朝は、ふたりでモーニングコーヒーを飲もう」
 
 翌日の午後、リビングには妻の親友が遊びに来ていた。妻が言った。
「この前の同窓会、楽しかったわね。あの時は、みんな変わらないわね、なんて言ったけど、内心ちょっと安心したわ」
「自分は、まだいけると思ったわけ?」
「逆よ、私だけが歳をとっているんじゃないかと不安だったの」
「その不安は解消されたわけね、山口君といい感じだったようだもの」
「ええ、実は今度の土曜に旅行に誘われて……」
「ええっ、うそ! もちろん、断ったんでしょ?」
「それがまだなの……」
 
 その夜、食卓で向かい合った夫と妻は、互いに話を切り出す機会を探っていた。そしてとうとう、夫が口火を切った。
「今度の土曜、急な出張が入って泊りになりそうなんだ」
 妻はハッとして言った。
「あら、そうなの。私もお友だちから旅行に誘われているんだけど……」
「それはちょうどよかった。楽しんで来いよ」
「でも、あなたは仕事なのに何だか悪いわ……」
「そんなことないさ、ゆっくりしておいで」
 

 そして、その週末がやってきた。リビングの片隅に、二人それぞれの旅行バッグが準備されている。
 ところが、その日は早朝から猛烈な風が吹きつける嵐だった。テレビのニュースで、飛行機も飛ばず、新幹線も止まっていると伝えている。夫はちょっと先方に電話を入れてくると言って寝室に向かい、妻も携帯を手にこちらへやってきた。
「ええ、今日はとても無理ね。今度? やっぱりやめましょう。神様が行くなと言っている気がするの。それじゃ元気でね」
 
 翌日は、昨日の天気が嘘のように晴れあがった。夫は、僕にえさをやりながら、こう話しかけた。
「これでよかったんだよな。気が小さいくせに柄にもないようなことをするな、と天国のおふくろが言っているのかも」
 妻が支度を終えて寝室から出てきた。
「お待たせ。どこへ行きましょうか?」
 夫婦は仲良く外出していった。
 楽しんできてくださいね、という思いを込めて、僕は尾を水面にパシャッと打ちつけて、ふたりを見送った。

作品名:水から見る世界 作家名:鏡湖