「熟女アンドロイドの恋」 第三十一話
「利益というよりも個人的な恨みを晴らすと言った方が本当の気持ちに近いよ。エイブラハムさんと会った頃はここまでの思いではなかった。梓と出会い、父の思いを知った時自分の中でハッキリと何をすべきか解ったんだよ」
「今回の裁判で国がどのような判断を示すかは明日の審議での政府対応が一つの指針となりそうですね」
「司法と国会は三権分立している形にはなっているけど、役人というのは自分で判断できないことはしないから、ひょっとして国家賠償などの司法判断が困難であるとの見解を示すかも知れないよ。だとしたら明日の国会でのボクたちの答弁は重要となる」
「司法判断を見送るという事ですか?」
「過去にもそういう事があったからね。裁判所が自衛隊や幕僚長、まして総理大臣を裁くなんて出来ないだろう。在日米軍に関しては地位協定があるので司法では当然裁けない。だとしたら、父親を拉致した組織を捜索することが適わなくなる。その判断も併せて国家の不利益になる判定は出せないと言うのが彼らの姿勢だよ」
「遺族会の方々はこのチャンスを逃してしまうという事になるのですね。国会でどれだけオープンになっても、裁判での勝訴とは違いますからね。訴訟が受け入れてもらえなかったら、内藤さんはどうされようと考えておられるのですか?」
「遺族会のメンバーたちもお金が欲しくてやっているのではないから、自分たちの求める真実を公表して、国に対して有罪という判決を与えることが願いなんだよ。そのうえで遺族に改めて謝罪して欲しいという事。私は父親の所在を知ることが目的だけど、55年も経過してたとえ殺されていなくても、自然死しているかも知れない。何とか情報を見つけて存在を確認することが、裁判とは別にこれからやろうとしていることなんだよ」
「まったく手掛かりはないのですか?」
「今のところない。明日からの国会審議をテレビ中継で見ている人の中から情報が寄せられることを期待するよ。高齢になられて、ずっと胸の中にしまっておいた秘密を吐露してくれるかも知れない。事前の打ち合わせを無視して中継があるならそういう主旨の発言をしたい」
「なるほど。今回の国会中継は視聴率が高いと思います。新聞テレビが煽っていますからね。ひょっとして何らかの情報が寄せられるかもしれないですよ」
内藤たちにテレビ中継が入らないことを知らせたのは国会議事堂に到着してからだった。
作品名:「熟女アンドロイドの恋」 第三十一話 作家名:てっしゅう