短編集27(過去作品)
そんな私なので、父親を責めることはできない。男冥利に尽きるとでも思って、自分なりに正当化するだろう。私にとっての父は、ある意味、私の将来を見ていたのかも知れない。
父には、専属の弁護士もついている。探偵の知り合いもきっといるに違いない。しかし、それでも私に折り入って頼むということは、あくまでもまわりに内緒なのだ。
「どうして僕に頼むんだい?」
「お前しかいないんだ」
そういうだけである。
「だけど、見つかってからどうするんだい?」
「見つかってから、時期がくれば皆に引き合わせることになると思う。だけど、今は誰にも知られたくないんだ。なぁ義弘、お前だけが頼りなんだ。頼む」
と、まで言われてしまえば、もう後には引けない。ここで断っては男が廃るというものである。
だが、一番は私に興味があったからだろう。いくら父に頭を下げられたとはいえ、興味のないことに首を突っ込んだりはしない。
――私が何よりも興味を持つこと――
これが一番大切なことなのだ。
探偵に知り合いのいるはずもない私に、一番の問題は、どの探偵がいいかを探すことだった。一番最初のステップが一番難しい。最初にしくじったら、最後まで影響するのだ。何よりも守秘義務を重視して、信頼のおける人、それが一番だったのだ。
幸いにもひょんなことから簡単に腕のいい探偵を見つけることができた。どうやって見つけることができたかは、紹介者のプライバシーにかかわることなので、明言を避けるが、間違いなく腕のいい探偵ではある。これは、私があとで調べたところでも、非のうちどころのない人であることに間違いない。私にとって、最初の難関は無事に通り過ぎた。
――あまりにもうまく行き過ぎて心配になってくる――
「好事魔多し」というではないか。私にとって心配が残っていないわけではない。
いくら興味があるとは言え、最初から曰くがありそうな話に緊張がないわけではない。しかも初めて訪ねる探偵事務所、未知の世界である。
「いい探偵さんが見つかったよ。新宮探偵事務所というところの、新宮先生というんだけどね」
「おお、新宮先生なら噂は聞いたことがある。敏腕で有名らしいな。新宮先生が引き受けてくれれば私も嬉しいのだが」
病床の父は本当に喜んでいた。まだ訪れたわけでもないので、引き受けてくれるかどうか分からないにもかかわらずである。最初私に依頼してきた日から、父はさらに衰弱しているようだ。顔を見ればそうでもないのだが、医者は楽観してはいけないということだった。とにかく、患者の意見を取り入れながらの治療ということになっているようだが、バリバリ働いていた頃の面影は、もうすっかりなくなっていた。
――何とかしてあげないといけないんだな――
完全に私を頼りきっている父を見ていると、漠然とであるがそう感じていた。死期が近づいているのだろうが、それまでに見つけなければ努力が無駄になりそうな気がした。いや、父のことだから遺言くらいは残しているだろう。だが、それを期待するには、少し衰弱が激しそうだ。
いろいろなことが頭を巡る。ハッキリと分かっていることは、引き受けた以上、急いで見つける必要があるということだ。しかし、前途は多難である。何しろ資料とすれば、名前と写真しかないのだから……。
名前にしても、結婚していれば苗字は変わっているだろうし、写真にしても、数年前ということなので、どう変わっているか分からない。特に女性は一年、いや、数ヶ月会わないだけでもかなり変わったりするではないか。見つけ出せるという確証はどこにもないように思えた。
ここに来た経緯を思い出しながら待っていると、
「香月様、どうぞこちらに」
と先ほどコーヒーを持ってきてくれた女性が私を促す。
今まで探偵事務所にいる女性といえば、眼鏡をかけたキャリアウーマンのような人がそそくさと現われるものだと思っていて、喋り方も事務的で心など通っていないのではないかと思っていた。しかしそれが偏見であることを彼女は示してくれ、実に献身的に見える。それだけでも、初めての世界に戸惑っている私にとって、幾分かの救いになっていることは間違いない。
事務所を横切るように奥へと向かったが、私が見た事務所は思った通りこじんまりとしていて、事務所スペースよりも、本棚の方が目立つくらいである。事務所に机が四つしかなく、数人だけの事務所なのだと思った。
この人数が妥当な人数なのか、少数精鋭なのかは、私には分からない。しかし、私が想像していたよりもこじんまりとしていた。
「コンコン」
「はい、どうぞ」
女性が軽く扉をノックする。中から返事が返ってくる。緊張の一瞬である。開かれた扉の向こうには、資料を片手に一人の男性がこちらを向きながら、ニコニコ微笑んでいた。
「ああ、どうぞいらっしゃい。緊張なさらずに」
そういって手招きをしてくれる。
私がよほど緊張しているように見えるのだろうか? それとも、初めての依頼者には皆同じことを言うのだろうか?
「初めまして。よろしくお願いします」
一歩中に入り込むと、後ろの扉が静かに閉まった。ここから先は二人だけの世界である。依頼人と探偵。今まで想像したことや、テレビで見たことはあったが、まさか私が主人公になるなど、考えたこともなかった。
「どうぞ、こちらに。私が新宮和彦です」
新宮先生はおもむろに立ち上がり、名刺ケースから名刺を取り出し手渡してくれた。
私はそれを両手で大事に受け取ると、マジマジと見つめた。名刺がこれといって変わっているわけではないのだが、しばらく目を落としていた。
新宮先生はそんな私を見て、決して焦らない。私が顔を上げるのを、じっくりと待っているようだ。
「私は香月義弘と申します。突然の訪問ですが、よろしくお願いいたします」
「いえいえ、ではどうぞ、そちらにおかけください」
右手で促すようにされ、私は新宮先生の正面の椅子に腰掛けた。
――先ほどの女性もここにいたんだな――
と考えながら腰掛けた。
数分前にここにまったく違う世界が広がっていたのだと思うと、実に妙な気がした。
「そんなに緊張なさらなくてもいいですよ」
そういいながら、私を先に座らせた先生は、座りながらそういった。
「それほど緊張して見えますか?」
私も思わず苦笑いする。
「そうですね、よく分かりますよ。肩の力を抜いてくださいね。ところで、今日のご依頼は人探しですかな?」
こちらにアポイントメントを取った時、電話に出た女性に話していた。きっとさっきの女性だろう。最初、探偵事務所の女性というとキャリアウーマンのような、いわゆる「堅物」だという偏見があったので、待合室にコーヒーを持ってきてくれた雰囲気と声がまったく違って聞こえた。確かに電話の声と実際の声は違って聞こえても、それは無理のないことなのだろうが、それにしても、今回はかなりの違いを感じていた。
「はい、そうなんです。実は、この女性を探していただきたいのですが」
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次