カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ
「別に今すぐ戦争が始まるというような話じゃないんですけどね。しかし、正確な情報分析をして政府の危機管理に資するというのが我々の仕事ですから、最大限の体制で臨むことには変わりありません。鈴置さんも仕事が増えてしまって大変ですが……」
「それは、大丈夫です」
「ありがたいですねえ。今後、武内3佐はおそらく局内の取りまとめで手一杯になるので、状況によっては彼のサポートも……」
「その武内3佐はどうしたんですかあ!」
ふいに二人の会話に割って入った小坂は、丸顔を膨らませて、佐伯の向かいの空席を指さした。
「N国マターは武内3佐の担当正面でしょう? なんで当の本人がまだ来てないんですか!」
「さっきの電話がその連絡だったんですよ。今日は家の事情でやっぱり無理だと」
「無理って、そういうのアリなんですか? 担当幹部が出てこないなんて、部隊ではあり得ないでしょう」
「そんなことをここでグダグダ言ってもしょうがないだろ。今はとにかく、いる人間で対処しないと」
普段は物腰柔らかな佐伯が苛立ちを露わにする。小坂は口を思い切りへの字に曲げると、プイとそっぽを向いた。
「そういう態度、部隊じゃあり得んのと違うか」
高峰の低い声に、美紗のほうがビクリとした。皆、休日の早朝から呼び出されて気が立っている。険悪な沈黙の中、佐伯はひょろりと腰を上げた。
「小坂3佐、後でちょっと向こうで……」
「いやあねえ、小坂ちゃんたら」
奇妙な声音で佐伯を遮ったのは、頬に手を当てた銀縁眼鏡だった。三人の制服が揃って嫌そうに眉をひそめる。
「お楽しみがちょっと伸びたからって、怒っちゃだめよ」
「べ、別に怒ってなんかっ」
「次のデートまでじっくり作戦を練る時間ができたと思えばいいじゃない」
「次が、……あればいいけど」
宮崎の慣れたオネエ言葉につられたのか、小坂はうっかり胸の内を吐露してますます凹んだ。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ 作家名:弦巻 耀