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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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 年度が変わってから、美紗は「いつもの店」で独りの週末を過ごすようになった。桜の木々が新緑に覆われ、輝く陽ざしが暑さを感じさせる頃になっても、日垣貴仁は「いつもの店」には現れなかった。
 その代わり、彼は以前より頻繁に美紗の携帯端末へメールを送ってくるようになった。話題はもっぱら仕事絡みのことだった。制服の世界とはガラリと違う永田町の雰囲気。各省庁から派遣された個性豊かな出向者たち。自身の後任者であり防衛大学校の同期でもある西野にまつわる、滑稽な思い出話の数々……。
 雑談めいた内容を読みながら、美紗は、日垣に引き抜かれる形で統合情報局に異動したばかりの頃を思い出した。初めての業務に戸惑いながら独り職場に残ることが多かった時期、日垣はたびたび、パイプ椅子と缶ビール持参で美紗の席を訪れた。職場の裏事情や愚痴話を面白おかしく語る彼は、いつも口癖のように言っていた。

『君は、細かい話をいちいち説明しなくても分かってくれるから、話していて本当に気持ちが和むよ』

 あれから、もうすぐ丸二年になろうとしている――。

 美紗が日垣に返信を送ると、その返事が翌日か翌々日の昼時に戻ってくる。彼が夜にメールを送って来ないのは、内閣官房での仕事が連日深夜に及んでいるからなのだろう。
 数日に一往復のやり取りをしながら、美紗は、時折こみ上げる寂しさに戸惑いを感じていた。週末を二人で過ごせないことは何度もあった。それでも、これまでは、職場にさえ来ていれば、彼に会うことができた。直接話せなくても、遠目からでも、姿勢の良い制服姿を見るだけで、言いようのない安らぎを得ることができた。
 金曜日の夜も永田町から出られないことをメールで詫びる彼に、「休日に会えますか」とメッセージを書きかけては、削除する。地下鉄で二駅の距離が、遠い……。