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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー35ー 路上の男


 俺は人生を失敗したくない。若い頃からそう思ってきた。だから、飲む・打つ・買うはしない。ただまじめに、真っ当に歩むことを心掛けた。
 そして、ごく普通に妻と出会い、結婚し、家庭を設けた。ふたりの子どもにも恵まれた。
 俺は常々、妻にも、子どもたちにも、まじめに生きていくことがどんなに大切かを説いた。こうして、俺の描いていた人生設計通り、理想的で堅実な家庭を手に入れた。
 知り合いには、株で大損したり、浮気がばれて離婚に追い込まれたり、引きこもりの子どもに苦労させられたりする者もいた。そんな話を聞くと、自分だけが順風満帆で申し訳ないような気がする。でも、すべては日頃の心掛けの賜物だから、内心、当然だとも思った。
 ところが長い人生、そう単純なものではないことを思い知らせることとなった。
 
 ある日、ポストに聞き慣れない金融機関から妻への督促状があるのを見つけた。何かの間違いだとは思いつつ、妻に見せると、一瞬で妻の顔色が変わった。そして信じ難い事実を知った。
 妻はパチンコにのめり込み、借金までつくっていた。俺は極力、冷静に、理由を尋ねた。すると恐ろしい言葉が返ってきた。
 マンションでひとり住まいをしている娘が、アルコール中毒で近隣に迷惑をかけ、謝りに回っているうちにストレスが溜まってしまったというのだ。そんな話は初耳で、とても信じられなかった。娘から俺には言わないように懇願されていたという。
 
 俺は早速、娘の元を訪ねた、もちろん冷静に。
 素面の娘はおとなしく、とても酒乱の姿は想像できなかった。そして酒を飲む理由を聞いて、俺は言葉を失った。
 兄の素行が我慢ならなくなったというのだ。息子がいったい何をしたというのだ?
 俺は正直、話を聞くのが怖くなった。でも聞かないわけにいくはずもない。そして案の定、娘の話で、俺は奈落の底に突き落とされることとなる。
 息子は以前から、女にだらしなかったらしい。次々と遊んでは捨て、中には子どもができた相手までいたという。それを見てきた娘が、男性不信に陥ったのも無理はない。
 その度に、後始末は妻が行っていたという。借金はパチンコだけではなかったのだ。妻は息子の件まで言い出せなかったのだろう。
 
 息子に会いに行く時の俺の心は、もうボロボロだった。でもこれ以上傷つく心配はないだろう、と思えることだけが救いである。ところがその救いさえも、粉々に打ち砕かれることになるとは……
 息子は言った、すべては俺のせいだと。まじめ一筋でおもしろくもない俺の様にだけはなりたくない、とずっと思い続けて育ったという。そして、世間体を重んじる俺を尻目に、隠れて好き放題を重ねてきた。あの家は、聖人君子だけを求める、ただ窮屈な空間でしかない、母や妹も同じ思いだったはずだ、息子はそう言った。
 こうして俺は、これまでずっと、砂上の家庭を築いていたのだと思い知らされた。反動というのは怖ろしい。あんな息子にした張本人は誰でもない俺だったのだ。失敗を恐れるあまり、最悪の結果を招くなんて、なんと皮肉なことだろう。
 何でも程々にすべきだった。正論を押し通すことが、家族を追い詰めていたことに気づくべきだったのだ。人はそんなに完璧にはなれない。当の俺自身、気がつかないふりをして、ずっと我慢してきたのかもしれない……
 
 長年の鬱積を晴らすように、俺は酒を飲み、女と遊び、ギャンブルに興じた。それはそれは驚くほど楽しかった。意外にも俺は酒に強く、女にモテ、強運の持ち主だった。
 しかし、竜宮城から帰ると、玉手箱の中身は家族が残して行った借金の山だった。
 
 こうして、俺は今、路上生活者となった。隣の男が、テレビ局の取材に答えている。俺は毛布に包まって寝たふりをしていたが、上から目線で質問を投げかけているレポーターに、
(明日は我が身だよ)
 そう呟くのだった。