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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー9ー 予約


 世の中、いつから予約というシステムが当たり前になってしまったのだろう?
 病院、美容院、レストラン、様々なところで使われている。待ち時間の緩和ということで、最初の頃は便利になったものだと思ったこともあった。しかし、逆を言えば、直接行くと断られるということに気づいた。
 おかげで時間に縛られ、今日は何か予定はなかったかと、常に気にしていなければならない。仕事ならともかく、プライベートでもだ。ところが、そう何でも予定通りとはいかないものだ。特に医者などは急に駆け込むこともある。もちろん、急患を優先してはくれるが、まるで割り込んだみたいで何ともバツが悪い。
 合理性の追求はどこまで進むのだろう?

 
 私は、彼が予約したレストランで、ディナーを楽しんでいた。食事をしながら彼が言った。
「今度、湾内クルーズを予約したから行こう」
「それいつ?」
「来月の最初の日曜だよ」
「ねえ、その日が本当に来るってどうして言えるのかな?」
「え?」
 私は、自分でも何を言っているのだろうと思いつつ、次の言葉が続いた。
「明日、何が起こるかもわからないでしょう?」
「どうしちゃったの? それって地震とか事故とかそういうことを言っているの?」
「ええ、病気だってあるでしょ? ニュースキャスターが、それではまた来週お会いしましょう、なんて言うたびに私思うのよね。この人は来週も元気でその場に立てるという自信があるんだって」
「それって普通だろう。いったいどうしちゃったんだい?」
「同じ明日がまた来るのが当たり前、本当にそうかしら?」
「もしかして、君、僕と別れたくてそんなわけのわからないことを言いだしたわけ?」
 
 こうして二年の交際は終わった。
 どうして、私は急にあんなことを言いだしたのか? だとしても、ただその時に思ったことを口にしてしまった、それだけで終わってしまうなんて……
 何事もスケジュール通りに運ぼうとする彼と、それに疑問を抱いていた私との間に、深い溝ができてしまったのだろう。それに気づいていながら、私は彼に合わせ、自分でもそれに気づかないふりをしていたのかもしれない。
 でも、考えてみると、結婚というものもある意味、人生を共に歩もうという予約かもしれない。それも、キャンセルの効かない予約……だとしたら私には向かないシステムのように思える。
 安定した家庭が欲しい、子どもだって育ててみたい。でも、長い生涯、他に素敵な人は現れないとどうして断言できるだろう?

 
 行き詰った私の前に、あるひとりの男性が現れた。客の少ないバーのカウンターで、たまたま隣り合わせになったその男に、酒のせいもあってか私は例の理屈を並べ挙げた。
「なるほど、明日のことがどうして約束できるのか? 生涯、他の人に惹かれないと言い切れるのか? それが君にとって問題なんだね」
「そうよ、先のことなんて本当は誰にもわからないはずでしょ?」
「それはそうだ。僕たちが今、この世にいることだって、すべて偶然にすぎない。先祖の誰ひとり欠けても、今の僕たちはいないんだから」
「先祖?」
「そうさ、君は先のことばかり気にしているけど、今があるのは過去が綿々と続いてきたからだろう? そして、その過去は絶対に変えられない」
「…………」
「僕たちもその過去を今作っているんだよ。君と僕が今夜出会ったことももう変えられない。先のことは約束できなくても、今この時間は、確実に存在してるんだ」
 私は急に可笑しくなって笑い始めた。自分より変な理屈を並べる人に出会ったからだ。
「何が可笑しいの? ま、いいか、楽しいから笑っているんだろ?」
「ええ、そうよ」
「明日も僕はここに来ると思うよ、もちろん確約はできないけどね」
「そうね、たぶん私も」
「ねえ君、いっしょに素晴らしい過去を作るっていうのはどうかな?」
「うん、それなら私にもできそうな気がするわ」

 もしかしたら、私にも家庭がもてるかもしれない、そう初めて感じた夜だった。