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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー22ー 順不同


 物事には順序がある。人の人生もそうだ。普通は大人になるにつれて苦労が増え、それに耐える力も備わっていく。
 
 私も思春期までは、そんな「普通」の順序を踏んでいた。小さな病気を経て体力がつき、学校というミニ社会で人間関係にも揉まれた。
 ところが、高校生の私に、突如として順不同の苦労が降りかかってきた。母が若年性認知症にかかってしまったのだ。
 しだいに壊れていく母を、父とふたりで介護する毎日。父は仕事、私は学校、その時々で融通し合いながら格闘の日々が続いた。体は健康で体力のある母を押しとどめるのは大変だった。そして何より、母がそれまでの母でなくなる姿を見るのが辛かった……
 その頃、「普通」の友人たちは恋に、遊びに、青春を謳歌していた。
 
   * * * * * * * *
 
 十年の闘病を経て母を見送ると、今度は父が倒れた。仕事と介護の両立で無理がたたったのだろう。寝たきりの父を自宅で介護するという、私にとって第二の試練がスタートした。
 いつまで続くかわからない終わりの見えない介護生活。母の時は、父と二人三脚だったが、今度は私ひとりだ。つい心が折れそうになる。そんな私の想いを父は誰よりも知っていただろう。だから、私よりも、世話にならなければならない父の方がずっとずっと辛かったに違いない。
 私は仏壇の母に励まされながら、その日その日をがんばった。
 その頃「普通」の友人たちは、恋愛の末、次々と結婚していった。
 
   * * * * * * * *
 
 さらに十年が経ち、私に苦労をかけたと詫びながら、父はその寿命を全うした。私は苦労をねぎらわれるより、ひとり残されていく寂しさに気づいてほしかった。
 でも、私はこれまでの経験で強くなっていた、そう人一倍。
 私は友人たちに遅れること二十年、初めて正社員の仕事に就き、ほどなく結婚もした。超高齢出産ではあったが、一人娘も授かった。
 友人たちは、以前よく育児の大変さをこぼしていたが、私には全く当てはまらなかった。夜中に起きることだって、オムツの世話をすることだって、私は二十年もやってきたベテランだ。
 それに育児の大変な時期なんて、介護とは違い期間限定である。それも、子どもの成長を楽しめるというご褒美つき。私にとって育児に苦労というものは存在しなかった。
 その頃「普通」の友人たちは、住宅ローン返済のためパートに追われ、家へ帰れば、思春期を迎えた子どもたちに振り回される日々を送っていた。
 
   * * * * * * * *
 
 子どもから手が離れ、私は初めて自由な自分だけの時間を手にする時がやってきた。遅い結婚だったので、夫にはそれなりの貯蓄もあり、暮らしに事欠くことはない。
 若き日の私の苦労を知っている夫は、これからは好きなことをするようにと勧めてくれ、娘も私を自慢の母だと言ってくれた。
 その頃「普通」の友人たちは、年老いた親の介護に直面していた。中には同時に両方の親の介護が重なり、夫婦仲が破たんし、あげく離婚する者までいた。

   * * * * * * * *
 
 誰の人生にも、その差こそあれ、苦労は付まとう。それが少しずつ均等に訪れてくれればいいが、そううまくはいかない。
 私の場合のように、先に大きな苦労が来てしまえば後が楽かもしれない。早いうちに強さが身に付き、後々の苦労を乗り越えやすくなる。若い時の苦労は買ってでもしろ、とはよく言ったものだ。
 しかし、若い時にしか味わえない貴重な経験を逃したというのも事実だ。若い頃は短く、そして二度とやっては来ない。
 何事も一長一短。私は、終わりよければすべてよし、そう思うことにした。
 もうすぐ、最愛の娘が嫁ぐ。歳がいってからの子だから、元気なうちに花嫁姿を見られるのは有難い、夫とふたりそんな会話を交わしながら今日も一日が過ぎて行く。