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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー27ー 定位置


 幼い頃、私は辛いことが続いた。それは、両親の離婚から始まった。
 母子家庭で育つこととなったが、母は体が弱く、仕事を休みがちで、私たち母子は苦しい生活を強いられた。
 私は毎日学校から帰ると母の代わりに家事をやり、仕事で疲れて帰ってくる母の帰りを待った。そんな暮らしの中で、とうとう母は病に倒れてしまった。そして、私には母の看病という仕事が加わった。
 それでも、いつかは母が元気になることを信じ、私はがんばった。しかしその願いは叶わず、母は私を案じながら旅立った。そして、ひとり残された私は施設に引き取られた。
 
 十八歳になり、施設を出てひとり立ちをした私は、従業員三十人程の小さな会社に就職した。まじめな仕事ぶりを買われたのか、私は社長夫婦に気に入られた。そして驚くことにその長男の嫁候補になった。
 やがて、私はその境遇とともに、温かく嫁として迎え入れられた。私は感謝の思いで、嫁として精いっぱい家族に仕え、また、一従業員として会社でも労を惜しまず働いた。
 そして、ふたりの子どもにも恵まれ、年に数回、家族そろって海外旅行に出かけるなど、夢のような日々が続いた。
 ところが、それがジェットコースターの頂点だった。下から徐々に登り詰めた私の人生は、一気に下降していくこととなる。
 まず、舅が病で倒れた。それを引き金に悪いことが続いた。取引先の倒産のあおりを受けて経営に陰りが見え始めたのだ。不景気という不運も重なり、夫は会社の規模を縮小したが、時すでに遅く、会社は倒産し、自宅も手放すことになった。
 
 今、私は賃貸アパートで、姑の介護をしながら夫と三人で細々と暮らしている。
 舅は、自分が築き上げた会社の倒産を見届けるように亡くなった。そして、その夫の看病に疲れ、追い打ちをかけるように倒産の憂き目を見た姑は、疲れ果て床に臥せってしまった。しかし、ふたりの子どもたちは独立し、それぞれ自分の足で歩いている。
 そして私も、元気に日々を過ごしている。夫や姑は、明るく家事や介護に動き回る私に感謝してくれている。私の方こそ、身寄りのない私を気持ちよく嫁として迎え入れてくれた恩を忘れたことはない。それに夢のような思い出もたくさんもらった。
 私は幼い頃の苦労を、今になって有難いと思う。あれを乗り越えてきた私にとって、今の苦労などたいしたことではない。むしろ、浮ついた幸せの中にいるよりよほど安心感がある。ジェットコースターの頂点は、確かに見晴らしが良くて最高だ。でもいつかは落ちるという不安定感が常に付きまとっていた気がする。
 私は今の暮らしがいい。ささやかな幸せに包まれた暮らし――ここが私の定位置だから。