⑥全能神ゼウスの神
初めて繋がる想い
イヴの魔力で、私は眠らされた。
深い眠りの中で、唇を何度も何度も啄まれる感触がする。
「…まだ起きねーの?」
触れ合う度に、瞼の裏で光がキラッキラッと瞬く。
からかうような言葉と共にくすぐるように重ねられた唇から、甘い香りが漏れた。
(…これは…。)
覚えのあるその香りに、遂に意識が覚醒する。
(…夢…じゃない?)
そう思った瞬間、もう一度甘い香りが唇に重なった。
現(うつつ)となったその感触に、驚いて目を開く。
すると、闇に溶けるような黒髪が目に入った。
「おはよ。」
甘い香りを纏う吐息が、鼻をくすぐる。
「…リ…カ?」
暗闇に慣れてきた目が、闇に溶けるその姿をだんだん鮮明にとらえた。
「ん。」
短い返事の後、もう一度、唇が重なる。
「…あま。」
笑みを含んだ声色に、私は胸がいっぱいになった。
「リカ!」
その首にすがりつき、必死で抱きしめる。
すると、リカも私の体をぎゅっと包み込んで応えてくれた。
「リカ…リカ…!」
それ以外の言葉が、思い浮かばない。
ただただ必死で、リカにしがみついた。
「ん。」
リカはまるでそんな私の気持ちを分かってくれているように、名前を呼ぶ度に抱きしめ直しながら応えてくれる。
「…リカ…ん…。」
数えきれないほど名前を呼んだ時、その言葉を飲み込むように唇を塞がれた。
そして、そのまま深く重ねられる。
「んっ…。」
熱く濡れた想いがそっと挿し込まれ、私はそれを受け入れた。
ゆっくりと想いを交わすように絡ませ合い、虹色に変化する光の中で長く、長く、お互いの存在を確かめ合う。
「…ふ…。」
「…んっ…。」
角度を変える合間に息継ぎし、互いに離れようとしない。
だんだんと心が満たされ落ち着きを取り戻してきた私は、リカと唇を合わせたまま訊ねてみた。
「…ヘラ…様…は?」
喋ると、絡み合う水音が室内に響く。
その音が、室内を艶かしい雰囲気へと変えていった。
「…大丈夫。」
リカはそう言いながら、だんだんと口づけに熱を帯びさせる。
「…大丈夫って…どういう…」
「…気にしなくていい…。」
大きくなる水音と荒くなる互いの呼吸に、リカの体温が上がってきた。
「気にしなくていいって…あっ。」
噛み合わない返事に抗議しようと唇を離した瞬間、首筋に濡れた唇を押し当てられる。
「…んっ…答えて、リカ…!」
身じろぐ私の首筋を唇でなぞりながら、リカは大きな掌で私の胸のふくらみを包み込んだ。
「…ここは、スリム?」
喉の奥で笑いながら囁かれた言葉に、カッと体が熱くなる。
「やっ!」
腕の中から抜け出そうと暴れると、リカが唇を重ねてきた。
「…小ぶりで、可愛い。」
ちゅっと音を立てて離れた唇が、妖艶に弧を描く。
「…っん。」
再び胸を包み込んできた熱い掌は、その感触を確かめるようにゆっくりと動いた。
「…やめ…」
思わず私は、リカの胸を力いっぱい押し返す。
私の渾身の抵抗に、リカは動きを止めた。
「…怖い?」
黒い瞳が、気遣うように揺れる。
私はその瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、首を小さく左右にふった。
(他の人ならまだ怖いけど、リカなら…。)
「…私のこと、嫌い?」
思いがけない質問に、私は大きく首をふる。
「じゃあ、なにさ。」
私の上から降りて、隣に片肘ついて横たわるリカ。
虹色の光は一瞬にして消えた。
暗闇の中、光の余韻が残る瞳は至近距離にあるリカの顔すら判別できない。
リカが怒ってるのか悲しんでいるのか、淡々とした声色ではわからず、湧き上がった不安が目頭を熱く潤ませた。
「だって…。」
ようやく闇に慣れてきた瞳が、私のふるえる声に大きく目を見開くリカを映す。
「だって、リカの気持ち、聞いてないもん。」
零れ落ちた涙が、眩い光を放つのが見えた。
「なんで突然やって来て、こんなことするのか…。ただムラムラしたから、とか…ストレスの捌け口、とか…そんなのでもいいから、リカの本心を教えてほしい…。」
「…はぁ。」
流れ星のような光る涙を溢しながら一生懸命訴えると、リカが盛大にため息を吐く。
「…おまえ、バカだろ。」
不機嫌な声色に、熱くなっていた私の体は一気に冷えた。
(…めんどくさい女って、思われた?)
でも、どんなに好きな相手でも、やっぱり愛されていなければ身を委ねることはできない。
「…傍にいたいけど、体だけの関係は嫌。」
私は俯きながらそっと上目遣いでリカの顔色をうかがうと、闇に紛れるその表情は恐ろしく冷ややかだった。
(ひー!!怒ってる!!)
「私、スタイルも顔も良くないから、リカの捌け口に選んでもらえただけでもありがたいのかもしれないけど、やっぱ」
言いかけた時、乱暴に唇を塞がれる。
強い力で両手首をベッドに押さえつけられ、頭をふって無理やりこじあけられた隙間から荒々しくリカの怒りが侵入してきた。
「ん!」
息継ぎもままならない口づけに頭の芯が痺れてきた時、Tシャツの裾からリカの手がするりと入ってきた。
「あ!」
思わず声を上げて身じろいだ隙に、背中のホックを外されて服と一緒にあっという間に脱がされる。
「…いやっ!」
悲鳴のような声を上げると、突然、リカがゴツッと音を立てて額に頭突きしてきた。
「痛っ!」
頭を抱え込んだ私の耳元に、熱い吐息がかかる。
「ざまーみろ。」
思いがけず穏やかでやわらかな声色に、私は涙目になりながらリカを見た。
「私とおまえをバカにした罰。」
「…え?」
意味がわからず、額をおさえながら首を傾げると、リカが私のその手の甲にそっと口づける。
「以前、小さい頃からオンナに不自由してねーから、欲情しないっつっただろ?」
「…うん。」
リカは口をへの字に曲げて、少し声色を強めた。
「だから!そもそもムラムラしねーし、ストレス解消ならチョコ食ってるし。」
「…うん。」
(たしかに、そっちのほうが想像が容易い。)
「オンナ抱くなんてめんどくせーこと…好きじゃなきゃしねーっつってんの!」
「…うん。」
「…。」
「…。」
「…好きだから、抱きたいの。」
「…うん。」
「…?」
「…うん。」
「…。」
「…。」
「守る為に手放そうと思って、会いたくても我慢してたんだけど、サタンといるの見たら…なんかもう我慢でき」
「…やっぱり…。」
「やっぱり?」
「…長い間、ゼウスで禁欲生活送ってたから、溜まってるよね。うん。いくら性欲がないリカでも、そりゃ溜まるよね。やっぱ私は捌け」
「だから。」
リカが突然、私の口をその大きな掌で塞いだ。
暗い室内に再び広がる金色の光が、彫刻のように美しい堀の深い顔に影を落とす。
「…おまえ…話聞いてた?」
口を塞がれたままなので、こくこくと頷いた。
「…はぁ。」
リカは手を離すと、私の隣に仰向けにごろんと転がる。
「通じてねー…。見た目が良くないから捌け口にしかならないって、なんだよそれ。私って、そんなふうに思われてんの?てか、そもそも私にそんな価値ねーし。」