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短編集24(過去作品)

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明と暗の世界



                 明と暗の世界


 私と妻の美和が結婚して、早五年が経った。子供もなく、平凡に暮らしている。妻も仕事を持っており、お互いにまだ子供を持ちたくないという意志の元、気がつけば五年が経っていた。
 子供に関しては、
「まだ当分作らなくてもいいわね」
「そうだね。まだ若いんだし」
 結婚当初、私が二十六歳、妻が二十歳だった。二十歳の新妻といえばそれほど珍しくはないが、それでも私の頭の中では若い妻だと思っていた。
 それは年齢から来る感覚だったのだろうか? 若いながらもしっかりとした金銭感覚を持っていたり、仕事に熱中しているせいか、同じ年頃の女性と隔たりを感じていたのは、私の贔屓目だけではないような気がする。
 妻は女性でありながらフリーライターをしていた。そのため、家を空けることもしばしば、出張も多く、それだけに子供など今は考えられない。私も営業の仕事なので、全国を飛び回っていて、それこそ家にいないことも多い。そんなわけで当然、マンションも賃貸で、それでいいと思っている。ただ、お互いに部屋を空けることが多いため、掃除という意味では妻に迷惑をかけていることが少し心苦しい。
「奥さんのコラム、見ましたよ。なかなかいいじゃないですか」
 会社の後輩からそう言われて雑誌を覗き込んだ。旅行雑誌のようで、温泉宿についての宣伝などが多く載せられていた。その途中で美和の記事を見つけた後輩の吉住が私に話しかけてきたのだ。
 妻の記事が載っている雑誌を見るというのも、何やらくすぐったい気がする。褒めてくれるのは嬉しいが、どうも実感が湧かない。
「ありがとう。今度妻に話しておくよ」
 と、思わずそっけない返事になってしまうのも、仕方ないことだった。
 そういえば吉住は一度私のマンションへ遊びにきたことがあった。あれは珍しく妻の美和も私も家にいた時のことで、あまり一緒にいないと新鮮な時間を少しでも長く保っていたいものだろうと最初は考えていたが、却って二人きりになると何を話していいのか話題に困ってしまった。あれだけ楽しみにしていたのにおかしなもので、どうやらそれは妻も感じているようだった。
「吉住が一度遊びに来たいと言ってたんだが」
 と私が切り出すと、
「そうなの? じゃあ、一度連れていらっしゃればいいのに」
 その時の妻の顔が救われたような表情に見えたのは気のせいではない。
 さすがに泊まっていくことはなかったが、久しぶりに我が家で呑む酒は美味しく、しかも美和が珍しく饒舌で、盛り上がった話に比例して自然と呑む量も増えていった。吉住がいつ帰ったかも分からないくらいに酔っていたようだ。何をするのにも億劫な感じがする中で、肌だけが寂しさを感じていたのは男の性かも知れない。肌の温もりを求めていたのか、暖房が入っているにもかかわらず、身体の奥から沁み出してくる寒さに震えていたようだ。もちろん抜け掛かっているアルコールのせいもあったかも知れないが、あながちそれだけではない。なぜか不思議と身体に感覚なるものが存在しない気がしていた。
 止まらなかった震えを止めてくれたのは、身体に纏わりつく人肌だった。温もりを感じながら、私の腕は、目の前にある身体を抱きしめるように、自然と後ろへと廻っていた。
 耳元に暖かい吐息を感じる。湿った吐息は心地よく、冷たくなっていたであろう耳たぶを優しく刺激してくれる。
 目を開けることができないでいるのはなぜだろう? 開けようと努力をしているのは分かっているのだが、意志に反して開くことができない。目が覚める瞬間に開けることができないのと同じような感覚で、上下の瞼がくっついてしまっているかのようだった。
 腕は、見えない相手を貪っている。必死で相手が誰かを探している。頭の中では妻の美和だと理解しているのだが、やはり見えない相手を頭で分かっているだけでそのまま鵜呑みにはできない。
 私は昔からそうだった。自分の目で見たものや、手で触ったものでないと信じない性格なのだ。いくら絵や写真で綺麗だと思っても、それは所詮平面的なもの、立体感がなければ意味がないと考えていたのである。それがいいことなのかそれとも悪いことなのか分からないが、結局興味を抱くだけで終わってしまう。
 私が貪っているのを相手も感じているのか、私をしきりに愛撫してくれる。それは今までに感じたこともないほどの快感で、アルコールが全身にまわっていることを証明しているような気がした。しかし、ヘンなところで冷静なのか、その愛撫が美和のものであるとどうしても思えない自分を感じていた。どこが違うと聞かれれば答えられないが、感覚的に何かが違うのだ。
 吉住と話をしている時は実に楽しかった。なかなか話題性に富んでいる吉住の話は時間を忘れるくらい楽しい話が多い。実際、これほどの笑顔をしている美和を、最近は見たことがなかった。
 アルコールの量が増えたとすれば、吉住の見事な話術に笑わされている美和を見ていて不思議な気持ちになったからだ。
――私では味わえない楽しさを他人に味あわされている――
 と、そう感じたからに違いない。
 私の頭に新婚当時の美和の顔が思い出された。いつも笑っていて、私の話を真剣に聞こうと、絶えず熱いまなざしを向けていた。それもごく自然にである。その視線が今日は吉住に向けられたのだ。美和と吉住を見ていて、ほのかな嫉妬心が生まれたとしても、私としては不思議のないことだった。
 吉住はプレイボーイである。会社での噂も時々耳に入ってくるが、ほとんど悪い噂はなく、そこに吉住の人柄が窺える。少なくとも女性を弄んでいるという噂や、次から次へと女性を乗り換えるという噂ではない。確かに女性との噂は多いのだが、ヘンな噂をやっかみだと考えれば、それほど気にすることではない。
「ああ、どうしても僕にはそんな噂が昔から付きまとってますね。でも、悪い男じゃないですよ」
 以前、噂の真意について訊ねたことがあったが、その時もあっさりとそう答えていた。心外な気持ちが顔に現われていないといえば嘘になるが、それほど怒っているという感じではなく、むしろ苦笑いしながら答えていた。吉住はそれほど器用な男ではない。顔で嘘をつくことはできないタイプだ。
 そこが女性から持てる秘訣なのかも知れない。安心感があるのだろう。確かに顔の作りはいい方だ。端正な顔立ちとである。 
 そんな吉住に嫉妬心を抱いたのは、アルコールのせいもあるかも知れない。あまり家で飲むことのない私はきっと自然にアルコールの量が増えて行ったに違いない。元々、ほとんど呑めない私は、いつも呑むとしても自宅近くにしている。帰って来れなくなりそうだからだ。しかし、自宅で呑むということは、帰宅の心配をしないでもいい。そのまま酔いつぶれてもそのまま寝てしまえばいいと考えているので、知らず知らずに量が増えるのも致し方ないことなのである。
 アルコールが全身を駆け巡るのが分かり始めた頃、身体の熱さとともに、吉住の存在を無意識に気持ちの中から消していたのだ。それだけにいつ吉住が帰ったかも分からなくなっていた。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次