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『幸せの連鎖』(掌編集~今月のイラスト~)

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 ほどなく、友香子にもこの話が持ちかけられた。
 説明を聞かされ、夫妻の写真も見せてもらった。
 素直に『嬉しい』と思った、自分を必要としてくれる人がいることは嬉しくもあり、ありがたいことでもある。
 だが、だからと言って素直にまっすぐ飛び込んで行けるものでもない。
 
 友香子の中ではまだ両親は生きている。
 何度も何度も夢に出て来た、夢の中で幸せな時間を過ごし、目ざめた時にその不在を思い知らされる、何度も枕を涙で濡らした。
 それでも夢に出てきてくれる限り忘れてしまうわけには行かない、自分が忘れてしまったら両親は本当にこの世からいなくなってしまう、両親が生きた証が消えてしまう……そんな風に思えてならないのだ。
 
 だが、九歳なりに現実も見えている。
 
 九歳の子供を養子に迎えようなどと言う夫妻は決して多くない。
 施設の仲間を見ていればそれはわかる、まだ物心つかない小さな子達には養子の話も舞い込み、しばしば成立して行く。
 そんな子達の中には、温かい家庭、愛し、慈しんでくれる親のイメージはぼんやり残っているとしても、親の顔、声、手の温もりまでは残っていない、一度失われたそれが再び戻ってきたとき、それは描き変えられる、最初の内は小さな違和感があるかもしれないが、それは時間が解決してくれるだろう。
 しかし、友香子には両親の顔、声、手の温もりが鮮明に残っている、それを描き変えることなど出来はしない。
 それゆえに六歳を過ぎた子に養子の話はまず持ち上がらない、そのまま施設で育ち、そこから社会へ出て行くことになるのだ。
 だが……。
(それって、良くないことなの?)
 そう自問することもある。
 友香子の両親は共に施設で育ち、社会に出て、出会い、愛し合い、自分を産んでくれた、自分を愛し、慈しんで育ててくれた。
 施設育ちだからといって人間として何かが欠けていたなんて思えない、むしろ自慢したくなる両親だった。
 自分だってそうなれるんじゃないか、それで良いんじゃないかとも思う。
 それにここだって悪いことばかりじゃない、家庭の温もりはないけれど幼稚園児から高校生までのたくさんの仲間がいる、毎日が修学旅行みたいで……楽しい……じゃない……。
 
▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽
 
「あなたが友香子ちゃんね、初めまして」
「初めまして……」
 紀生、幸子と友香子の面会の日がやって来た。
 最初はぎこちなく……しかし、次第に打ち解けて行って、会話も弾んだ。
 そして、面会時間も終わりに近づいた時、にこにこと笑って聞き役に回る事が多かった紀生が居住まいを正した。
 友香子も思わず背筋が伸びた。
「知ってると思うけど、私たちには娘がいた、愛美と言ってね、去年亡くなってしまった、生きていれば友香子ちゃんの一つ下だ、私たち夫婦はあの子を忘れることなんか出来ないんだ……だから、友香子ちゃんを愛美の代わりにしたいなんて思ってないんだよ、私たちの心の中で愛美は生きている、決して消えてしまう事はないと思う、友香子ちゃんは愛美の代わりにはならないんだ……でもね、子供を慈しんで育てて、その成長を楽しみに、生き甲斐にして行く喜びも知っている、でも愛情をそそいて育てて来た愛美はもうこの世にいないんだ、だから友香子ちゃんが欲しい、私たちの娘になって欲しい、一緒に生きて欲しい、愛情を注いで成長を見守らせて欲しい……そう思っているんだよ……」
「……はい……」
「友香子ちゃんもお父さんやお母さんのこと、忘れられないだろう? それでいいんだ、私たちは友香子ちゃんのお父さん、お母さんの代わりにはなれない、違う人間なんだよ、それでも良いから一緒に暮らしたいと思えたら家に来て欲しいんだ……今すぐ決めなくて良いよ、良く考えて、自分の気持を良く確かめて、それからでいいからね」
「…………」
 友香子が押し黙ってしまうと、幸子が続けた。
「そうよ、友香子ちゃんの気持ちに素直になって決めてね……でもね、なんだか初めて会ったような気がしないの……あたしも大事な娘を亡くしたし、あなたも大事なご両親を亡くした……子を亡くした親と親を亡くした子は、どこかで惹き合うものがあるのかもしれないわね、もしかしたら出会うべくして出会った、めぐり会ったのかもしれない……今、そんな風に感じているのよ」
「……はい……」
 友香子はそれだけ言うのが精一杯だった、友香子も同じように感じていたから……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「嫌でなかったらでいいんだよ」
 友香子が家にやって来た時、紀生はそう言って愛美の仏壇に視線を送った。
 
 友香子がやって来ると決まって、それまでどうにも捨てる気にならなかった愛美のランドセルや洋服、玩具、自転車などを処分した。
 しかし、仏壇だけは処分できるようなものでもなければ、処分する気にもならなかったのだ。
「はい」
 友香子は素直に仏壇に向って手を合わせた。
 夫妻の気持は聞かせてもらった、そして自分も同じ気持だと納得して友香子はこの家にやって来た。
 しかし……。
 さすがに愛美の遺影と相対すると、自分はこの人たちの本当の子供ではないのだと実感せずにはいられない。
(この人たちの気に入るようにしないと……)
 友香子はそう思いながら、心の中で密かに実の両親に詫びた。
(あたし、この人たちの子供になれるようにがんばる、赦してね……)
 
▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽
 
 親子の関係を結んだ紀生、幸子と友香子だったが、最初から実の親子として打ち解けるまでは行かなかった、それは当然のことだ。
 最初の内、お互いに少し遠慮があり、お互いに相手に気に入られたいと、多少なり無理をすることもあった。
 
 友香子はピーマンが苦手だったが、それを言い出せずに我慢して食べていた、でも、ピーマンの肉詰めを出された時、それを食べることが出来なかった。
 それ以後、幸子が買い物籠にピーマンを入れる事はなくなった。
 
 会社から早く帰れた日、紀生は愛美と一緒に風呂に入っていたし、友香子と実父もそうだったが、お互いにそれを言い出すことが出来ないままにその機会を失ってしまった。
 
 やがて友香子は中学生に。
 俗に『中二病』と呼ばれる時期は誰にでもやってくる。
 雛は親鳥が飛ぶ姿を見て自分にも翼があることに気付き、飛ぼうとする、しかし雛にはまだその力がないことを親鳥は知っているから巣に押し留めようとする。
 その葛藤が親と子の間に摩擦を生むのだ。
 もちろん、友香子にもそんな精神的に不安定な時期は訪れた、しかし、友香子は他の子のように反抗的にはなれない、養父母が自分の親であろうとして自分を心配してくれるのがわかっているから……。
 
 初恋も経験した。
 クラスメートの中にはカップルとなっておおっぴらにいちゃつく子もいる。
 しかし、友香子はプラトニックな片思いのまま初恋に幕を引いた、中学生同士の男女交際は親に心配をかけるものだとわかっていたから。