ポジティぶ なんだから (最終話の前に第9話追加)
第5話 この店美味しいんだから
「牛丼好きか?」
「いいえ、あまり食べませんけど」
「ハンバーガーは?」
「マックはほとんど食べません。バーキンならたまに」
きっと、もっと良いもの食えって言われるから、易々と好きって言えないんだから。
「あんまりファーストフードは食わないのか?」
「体に悪いって聞きますからね」
「そんなんでも、単純に美味い店もあるな」
「今度、神宮の近くに、炭火豚丼の店、出来たのご存知ですか?」
「お、知ってる。今その話しようと思ったんだ」
「ああ、行ったことあるんですか?」
「知り合いの店だ」
どこにでも知り合いが多いんだから。
「僕はテレビで紹介されてるの見て知りました」
「それ、俺がテレビ局のやつに紹介したからだ」
「ええ! そうだったんですか?」
「ものすごく美味しそうに紹介されてたんで、すぐに食べに行ったんですよ」
「美味かっただろ」
「肉に炭の香りが香ばしくって、ファーストフードなんかじゃ、到底出せない味でした」
「安いのに、調理法にこだわってる貴重な店だよな」
満足そうな顔してらっしゃるんだから。
ただ安いだけの店を勧めてくる友達も多いけど、それは化学調味料とか、動物性脂肪にニンニクたっぷりという味付けが多い。でもボスが言う店は違う。
「素材の味がどうとかって言うだろ。どういう意味か解かってるか?」
「素材の新鮮さとか、変に味付けしてないとか。でも、味付けしてなかったら、高いお金払う必要ないですよね?」
「その物の味ってわけじゃなくって、そんなのを引き出す調理がされてるってことだ」
「それはプロでないと難しそうですね」
「刺身の切り方次第で、口当たりが変わったりな」
「それこそプロの技ですね。バイトが調理するような店じゃ無理ですね。」
「そこに気付いてる客なんか、ほとんどいないと思わないか?」
「確かに、濃厚な味だけが美味しいと、勘違いしてしまいますね」
「濃厚なのは素材の味の組み合わせであって、調味料たっぷりってことじゃない」
さすが高級店を知り尽くして、事の本質を見抜いてるんだから。
「美味しい店の見分け方って、あるんですか?」
「ああ、いい店の条件は値段では決められない。立地条件によってコストは変わるからな」
「安くても美味しい店っていうのは?」
「それには大事な要素があるんだ。まず、店構え。次に設え(しつらえ)と物腰だ」
「料理の味よりですか?」
「そうだ。値段や味は、写真に写らないだろ。それと同じように、店が醸し出す空気や店員の対応も写真には写らないけど、心には残りやすいんだ。そういう口コミのある店を選ぶといい」
「あ? 口コミサイトの話でしたか。でもインスタ映えで客が来る店なんか、流行は一瞬ですからね」
「きっと客も店側も、目先のことでしか動けないんだろうな」
ボスのこんな話の後は、いい店に連れて行ってくれることが多いんだから。
期待大だったけど、連れて行かれたのは、
「回転寿司ですか」
「簡素な店構え。しょぼい設え。雑な物腰と3拍子揃ってる」
「人に勧める価値ないじゃないですか」
「会社がどんなにいい素材を仕入れてても、店員の意識が低いと、どうなるかの見本だ」
「アルバイトばっかりでしょうしね」
「でも、ゆず塩紋甲。最高」
「確かに美味しいイカですけど」
「この店は“これだけ”が美味い」
「他のは・・・?」
「これだけ。本当にこれしか美味くない」
ボスは自分だったら、このイカをもっと上手く使えるのにって、考えてるんだから。
・・・他のネタ注文できないじゃないですか。
作品名:ポジティぶ なんだから (最終話の前に第9話追加) 作家名:亨利(ヘンリー)