オクターブ!‐知らない君に恋をした‐
オクターブ!‐知らない君に恋をした‐
【著】松田健太郎→山田直人
●登場人物
◯黒瀬絢斗(くろせ・けんと)
◯白凪季稲(しらなぎ・きいな)
○乙無奏手(おとなし・かなで)
◯弦井遊(つるい・ゆう)
○みっちゃん(みっちゃん)
まだ日の落ちない午後。公園で一人リフティングしている男の子がいた。小学生だろうと見てわかる少年は何度も失敗しながら練習を続ける。
周りには他にも数人、友達と砂場にいる子やベンチに座っている子などがいる。
ハッ、としたときにはもう遅かった。
リフティングを失敗した少年がボールを取りに行ったところ、鉄棒の近くで丸まっていた猫のしっぽを踏んづけてしまったのだ。
「ギニャアアッ!」
と鳴き声を上げた猫は、驚きで跳ね上がった。そのまま少年に向かって走り出した猫。それから逃げる少年。
「ズザザァァ」
盛大にこけた。
猫もこけた少年にぶつかり勢い余って転がった。
少年が顔をあげると、急に目の前に飛んできた猫におびえる少女。それを睨みつける猫。今にも泣きそうな少女を見た少年は、自分自身も怯えながらではあるが、少女と猫の間に立ちふさがった。それは少女を守るように手を広げて。勇気を振り絞った男だった。
怯えた少女は後ろから少年を掴んでいる。服がびろびろに伸びてしまうのではないかというほどに。
少年「あっちいけ! あっちいけ!」
少女「こわいよぉ」
少年の目に足元に転がる石が映った。サッとそれを拾った少年は猫に向かって投げつける。驚いて飛びのいた猫はそのままどこかへ行ってしまった。
ありがとうと言って帰っていった少女と入れ替わりで、髪の毛の乱れた男の子が公園に入ってくる。
乱少年「けんとーおくれたー! 」
絢斗「おっせーよー」
☆
七年後。羽茂荷高校一年の教室で机に突っ伏している少年がいた。放課後の教室で周りには誰もいない。そう、まだ寝ているのだ。いや、一人いた。突っ伏している少年の頭にゼロ距離で顔を設置している髪の乱れた少年が。
遊「すううぅぅ……け!ん!と!」
絢斗「んあ、遊」
思い切り息を吸い込んだ大声に対して、普通に目を覚ました少年は黒瀬絢斗。弦井遊はがっかりした。超至近距離で見合う二人の少年は機嫌が悪そうだ。
遊「いつまで寝てん」
絢斗「いま」
遊「かー。放課後ですが」
絢斗「へい」
遊「帰ろうぜ」
絢斗「うい」
にしし。と急に笑い出す二人に忍び寄る影が一つ。夕日に照らし出される影が短めのスカートの妄想を掻き立てる。
しかし、片方の少年、弦井遊には違う妄想を掻き立てた。向き合った顔が瞬く間に曇りだす。
……鬼がやってくる。といった妄想を。
奏手「……おまえら……私をいつまで待たせるんだ……」
遊「あ、いや、今から行こうかなーって」
絢斗「別にお前と帰る約束なんて」
遊「ばっか絢斗おまっ」
絢斗「え?」
奏手「あっそ。じゃあ一緒に帰ってあげるからいつまで待たせる気?」
遊「おおお今すぐ準備するってなあ絢斗!」
絢斗「遊おまえ歯がガチガチいってるけど」
急に腰の低くなった弦井遊は真ん中に絢斗を置き靴箱まで行くことになった。明らかに恐怖を感じているようだ。
その恐れられているスカートの短い少女「乙無奏手」は二人の幼馴染だ。幼稚園から付き合いのある遊と絢斗とは別で中学のころからの付き合いであるが、三人は速攻で仲良くなった。……今ではなにやら上下関係が感じられるが。仲は良い。
奏手「絢斗あんたまた寝てたの?」
絢斗「別に校門で待たなくてもいくね」
遊「絢斗ぉ、いくら奏手といっても、女の子が放課後毎回起こしに来るってなるとな? そりゃ色々な噂が流れてしまうのだよ。俺に感謝しろって。な?」
奏手「……ん? まって遊、それどういう意味?」
遊「え? どういうって」
奏手「そういう噂が流れたら嫌だって風に聞こえるけど、どういうことかしら」
遊「いや! 絶対マジで完璧にそういう意味じゃなくて!」
という、いつも通り奏手は遊に殺意を向けているが、今日は絢斗が仲裁に入らなった。そもそも廊下を歩いている途中で絢斗は足を止めていたからだ。
遊「あれ、絢斗くーん?」
絢斗「ごめん二人共先に行ってくれ。ちょっと用事を思い出した!」
奏手「ちょっと絢斗ー!」
絢斗は言って後ろのほうへ走り出した。絢斗には聞こえている音があった。遊や奏手にも聞こえてはいるが気に留めることでもなかった音だ。
「猫踏んじゃった」作曲者不明のピアノの名曲である。耳に残るこの曲は弾きやすいため、だれでも弾ける。しかし、その弾きやすさからアレンジも簡単。また、特に習って弾くような曲でもないため自己流のアレンジがされることもある。
絢斗の耳に入ったのは、その、少しずれたアレンジがされた「猫踏んじゃった」だったのだ。しかし、絢斗もそのアレンジされた「猫踏んじゃった」を覚えていたわけではない。むしろ、記憶からは完全になくなっていた。
☆
乱少年「けんとーおくれたー! 」
絢斗「おっせーよー」
小学生のとき、絢斗と遊が公園でサッカーしていたとき。直前に絢斗が猫から少女を守った日。
日が落ちかけ、もう帰るか、となったとき。家の方向が逆の絢斗と遊は公園を出たらすぐに別れた。
サッカーボールを抱えて走って帰る絢斗は、ある家の前で足を止めた。聞き覚えのある「猫踏んじゃった」ではなく、「ちょっとおかしな猫踏んじゃった」だったからだ。
音が聞こえる方を向いた絢斗は、固まった。
窓から見えたピアノを弾いている少女に、恋をしたからだ。
黒瀬絢斗九歳の初恋である。
☆
絢斗の記憶を蘇らせた原曲と少し違う、変わった「猫踏んじゃった」
初恋の思い出を蘇らせながら、何かを期待して音のなる音楽室へ走っていく。高鳴る鼓動に合わせて脚に躍動感が宿る。
音が聞こえるのは音楽室。この高校でピアノがある場所と言ったらここだろう。
ドアの前、血が沸騰してるかのように熱くなった体。手汗をズボンで拭き、ドアに手をかけよう……と。その手は止まっていた。
ドアの小窓から見える少女。その姿に、過去の思い出を重ね合わせ絢斗は硬直する。
遊「おいどうしたよ絢斗」
奏手「急に走り出さないでよね」
先に行ってとは言われたものの、絢斗の奇怪な行動が気になった二人は追ってきていた。硬直する絢斗の視線を共有しようと、同じ小窓を覗く。
奏手「白凪さん?」
遊「白凪さんがピアノ弾いてる……あれ、ちょっと下手?」
くすっと笑う遊だったが、硬直が解けた絢斗が聞く。
絢斗「白凪さん、って誰?」
遊「え、しらねーの? なんでよ白凪季稲さんだよ。ちょー可愛いじゃん、ほらこれこれおれの手帳じゃ学年のトップ3になってる白凪季稲さんだよ」
奏手「あんたそんなん作ってんの」
ドアの前でこそこそ話す三人。「遊女ランク」と書かれた、ちょっと如何わしいタイトルの手帳を遊がめくって見せてきた。
さすがにドアの前でごそごそやっているのに気が付いたのか、弾くのをやめた白凪がドアの方に首をかしげて視線を運ぶ。
遊「やっべ、気づかれた、どうするどうする」
【著】松田健太郎→山田直人
●登場人物
◯黒瀬絢斗(くろせ・けんと)
◯白凪季稲(しらなぎ・きいな)
○乙無奏手(おとなし・かなで)
◯弦井遊(つるい・ゆう)
○みっちゃん(みっちゃん)
まだ日の落ちない午後。公園で一人リフティングしている男の子がいた。小学生だろうと見てわかる少年は何度も失敗しながら練習を続ける。
周りには他にも数人、友達と砂場にいる子やベンチに座っている子などがいる。
ハッ、としたときにはもう遅かった。
リフティングを失敗した少年がボールを取りに行ったところ、鉄棒の近くで丸まっていた猫のしっぽを踏んづけてしまったのだ。
「ギニャアアッ!」
と鳴き声を上げた猫は、驚きで跳ね上がった。そのまま少年に向かって走り出した猫。それから逃げる少年。
「ズザザァァ」
盛大にこけた。
猫もこけた少年にぶつかり勢い余って転がった。
少年が顔をあげると、急に目の前に飛んできた猫におびえる少女。それを睨みつける猫。今にも泣きそうな少女を見た少年は、自分自身も怯えながらではあるが、少女と猫の間に立ちふさがった。それは少女を守るように手を広げて。勇気を振り絞った男だった。
怯えた少女は後ろから少年を掴んでいる。服がびろびろに伸びてしまうのではないかというほどに。
少年「あっちいけ! あっちいけ!」
少女「こわいよぉ」
少年の目に足元に転がる石が映った。サッとそれを拾った少年は猫に向かって投げつける。驚いて飛びのいた猫はそのままどこかへ行ってしまった。
ありがとうと言って帰っていった少女と入れ替わりで、髪の毛の乱れた男の子が公園に入ってくる。
乱少年「けんとーおくれたー! 」
絢斗「おっせーよー」
☆
七年後。羽茂荷高校一年の教室で机に突っ伏している少年がいた。放課後の教室で周りには誰もいない。そう、まだ寝ているのだ。いや、一人いた。突っ伏している少年の頭にゼロ距離で顔を設置している髪の乱れた少年が。
遊「すううぅぅ……け!ん!と!」
絢斗「んあ、遊」
思い切り息を吸い込んだ大声に対して、普通に目を覚ました少年は黒瀬絢斗。弦井遊はがっかりした。超至近距離で見合う二人の少年は機嫌が悪そうだ。
遊「いつまで寝てん」
絢斗「いま」
遊「かー。放課後ですが」
絢斗「へい」
遊「帰ろうぜ」
絢斗「うい」
にしし。と急に笑い出す二人に忍び寄る影が一つ。夕日に照らし出される影が短めのスカートの妄想を掻き立てる。
しかし、片方の少年、弦井遊には違う妄想を掻き立てた。向き合った顔が瞬く間に曇りだす。
……鬼がやってくる。といった妄想を。
奏手「……おまえら……私をいつまで待たせるんだ……」
遊「あ、いや、今から行こうかなーって」
絢斗「別にお前と帰る約束なんて」
遊「ばっか絢斗おまっ」
絢斗「え?」
奏手「あっそ。じゃあ一緒に帰ってあげるからいつまで待たせる気?」
遊「おおお今すぐ準備するってなあ絢斗!」
絢斗「遊おまえ歯がガチガチいってるけど」
急に腰の低くなった弦井遊は真ん中に絢斗を置き靴箱まで行くことになった。明らかに恐怖を感じているようだ。
その恐れられているスカートの短い少女「乙無奏手」は二人の幼馴染だ。幼稚園から付き合いのある遊と絢斗とは別で中学のころからの付き合いであるが、三人は速攻で仲良くなった。……今ではなにやら上下関係が感じられるが。仲は良い。
奏手「絢斗あんたまた寝てたの?」
絢斗「別に校門で待たなくてもいくね」
遊「絢斗ぉ、いくら奏手といっても、女の子が放課後毎回起こしに来るってなるとな? そりゃ色々な噂が流れてしまうのだよ。俺に感謝しろって。な?」
奏手「……ん? まって遊、それどういう意味?」
遊「え? どういうって」
奏手「そういう噂が流れたら嫌だって風に聞こえるけど、どういうことかしら」
遊「いや! 絶対マジで完璧にそういう意味じゃなくて!」
という、いつも通り奏手は遊に殺意を向けているが、今日は絢斗が仲裁に入らなった。そもそも廊下を歩いている途中で絢斗は足を止めていたからだ。
遊「あれ、絢斗くーん?」
絢斗「ごめん二人共先に行ってくれ。ちょっと用事を思い出した!」
奏手「ちょっと絢斗ー!」
絢斗は言って後ろのほうへ走り出した。絢斗には聞こえている音があった。遊や奏手にも聞こえてはいるが気に留めることでもなかった音だ。
「猫踏んじゃった」作曲者不明のピアノの名曲である。耳に残るこの曲は弾きやすいため、だれでも弾ける。しかし、その弾きやすさからアレンジも簡単。また、特に習って弾くような曲でもないため自己流のアレンジがされることもある。
絢斗の耳に入ったのは、その、少しずれたアレンジがされた「猫踏んじゃった」だったのだ。しかし、絢斗もそのアレンジされた「猫踏んじゃった」を覚えていたわけではない。むしろ、記憶からは完全になくなっていた。
☆
乱少年「けんとーおくれたー! 」
絢斗「おっせーよー」
小学生のとき、絢斗と遊が公園でサッカーしていたとき。直前に絢斗が猫から少女を守った日。
日が落ちかけ、もう帰るか、となったとき。家の方向が逆の絢斗と遊は公園を出たらすぐに別れた。
サッカーボールを抱えて走って帰る絢斗は、ある家の前で足を止めた。聞き覚えのある「猫踏んじゃった」ではなく、「ちょっとおかしな猫踏んじゃった」だったからだ。
音が聞こえる方を向いた絢斗は、固まった。
窓から見えたピアノを弾いている少女に、恋をしたからだ。
黒瀬絢斗九歳の初恋である。
☆
絢斗の記憶を蘇らせた原曲と少し違う、変わった「猫踏んじゃった」
初恋の思い出を蘇らせながら、何かを期待して音のなる音楽室へ走っていく。高鳴る鼓動に合わせて脚に躍動感が宿る。
音が聞こえるのは音楽室。この高校でピアノがある場所と言ったらここだろう。
ドアの前、血が沸騰してるかのように熱くなった体。手汗をズボンで拭き、ドアに手をかけよう……と。その手は止まっていた。
ドアの小窓から見える少女。その姿に、過去の思い出を重ね合わせ絢斗は硬直する。
遊「おいどうしたよ絢斗」
奏手「急に走り出さないでよね」
先に行ってとは言われたものの、絢斗の奇怪な行動が気になった二人は追ってきていた。硬直する絢斗の視線を共有しようと、同じ小窓を覗く。
奏手「白凪さん?」
遊「白凪さんがピアノ弾いてる……あれ、ちょっと下手?」
くすっと笑う遊だったが、硬直が解けた絢斗が聞く。
絢斗「白凪さん、って誰?」
遊「え、しらねーの? なんでよ白凪季稲さんだよ。ちょー可愛いじゃん、ほらこれこれおれの手帳じゃ学年のトップ3になってる白凪季稲さんだよ」
奏手「あんたそんなん作ってんの」
ドアの前でこそこそ話す三人。「遊女ランク」と書かれた、ちょっと如何わしいタイトルの手帳を遊がめくって見せてきた。
さすがにドアの前でごそごそやっているのに気が付いたのか、弾くのをやめた白凪がドアの方に首をかしげて視線を運ぶ。
遊「やっべ、気づかれた、どうするどうする」
作品名:オクターブ!‐知らない君に恋をした‐ 作家名:月とコンビニ