蘭陵王…仮面の美少年は、涙する。
わたしはバイクの後ろで、3回目だと言い、声を立てて笑うのだが、旧同潤会アパートに似ていなくもない古い建物が並び、それらの中にはかつての青山のそれのように新しいショップが入っている。30%の白人と、40%の中国人と、30%の韓国人が、旅行者として街を埋め尽くす。なぜか黒人を見たことがない。街の中で現地の人間が頻繁にバイクのクラクションを鳴らし、ざわめきあった声の群れがうずまいて、私は Nam にひかれるままにの友人の家を訪ねるが、彼は小柄で、日に灼け、右の眉に傷がある。彼らは肩を抱き合いながら歓待し、歓待され、そこはカフェとジュースを売っている。Tín ティン という名だった。昼下がりの陽光が街に差す。Nam は煙草に火をつけ、私に廻し、ビールが抜かれるときには、目の前の、外国人旅行者用のこ洒落たカフェに白人の太った若くはない夫婦が座っていて、多くの白人たちはここで、とてもエレガントな眼差しのうちに現地の野生の猿の生態をに眺めて楽しみもする。他文化に対するリスペクトを常に表現して見せ乍ら、現地の猿たちのあわただしい動きと喚声に一瞥をくれ、それらは檻の中の虐待された野生動物たちを眺める動物愛護団体のボランティアたちのように。中国人と韓国人たちはいまだ彼らの差別主義にエレガントさを致命的に欠いた後進国にすぎず、わずかばかりの日本人たちは、いつでも、どこでも、自らの周囲1メートル四方を日本にして仕舞い乍ら、檻つきの猿のように小刻みな歩調で街を歩いていく。そして、ベトナム人たちは外国人のそれぞれの流儀にいちいち付き合っている暇はない。Nam は、私に Tín を紹介しながら、大学のとき一緒だったんだ、と言った。Nam は山間部に発電プラントを作り、Tín は都市の電線を整備している。ラオスに近い山の上の現場から、朝、ダナン市に帰ってきたばかりの Nam は、かつて、若い頃、ロシアに留学していた。ソヴィエト政府が崩壊して、少し経った頃だ。Long time no see... と、唐突に言われ、そして、肩を叩かれて振り向くと、Thổ トー が微笑んでいた。Thô の孫の一人だった。シンガポールに留学した経験もあるこの Thổ という男が、今、この家の経済を支えていた。祭壇作りはまだ終わっていないし、今日中に終わるのかどうかさえわからない。組み上げられ、誰かが文句を言い、解体され、ばらされ、組みなおされて、Tín に Nam は言った、日本人だよ、彼は。そして、これは彼がわたしを誰かに紹介するときのいつものやり方だったが、今まで出会った多くの人間たちがそうだったように、アジノモト、ホンダ、スズキ、と日本企業の名前を笑い乍ら Tín は連呼してみせ、笑って、私は Dạ… Dạ… あなたは父に会いましたか?と Thổ は言い、会ったには違いない。は不意に、Chưa. と言った。まだです。こっちへ、と手招きされるまま、Thô の折り曲げられた手首に窓越しの陽光が反射する。三十過ぎの、年齢よりも落ち着いたこの男に、悲しいですね。ええ、悲しいです。Thổ のよく教育された英語音声は教材テープのように美しい。それが英語だと意識できないほどに。ややあって、奥から、痩せてか弱げな老人に手を引かれて僧侶が出て来た時、Nam たちは立ち上がって彼を歓待する。菜食日のある国だった。何をするわけでもなく茶飲みに立ち寄ったにすぎないとしても、彼らにとって、僧侶は僧侶だった。私も彼らに倣うが、くすんだ淡いオレンジの僧侶服に身を包んだ彼は、縁なしの眼鏡越しに私たちに笑いかけ、Nam は又、やがて彼はわたしに言われてそれをきっぱりとやめてしまうのだが、彼は日本人だと言い出すに違いない。再び仏間の奥に行き、淡い日差しの中で Thô の妻はいじけたように白い喪服のふちを撫ぜて平らにしようとし乍ら、You are welcome. と言ったのだろう、何かベトナム語の音声の塊が彼の口から発せられて、私は僧侶の手をとる。Thô の顔は相変わらず何かに驚いたように口を開け、そして、この口に鼻を押し付けたなら彼の体内の死臭は漂ってくるのだろうか?僧侶の肩越しに、隣の画廊が目に入る。ホイアン、この、洋服、アオヤイ、小物、絵、あらゆる売却し得る商品を歴史的な建築にぶち込んだ小さな観光都市。私の父は言いました、とThổは言った。あなたは友人だと。何故、彼は死んだのですか?と下手な英語で私が言うのを彼は聞く。私は低い花壇をまたいで壁中、四段にわたって飾られ尽くした絵の群れの中に、一枚だけ、あの、サイゴンの、海に降る雪の絵があるのを見つけた。Thổ は首を横に振り、I don’t know, but… 口ごもり、言葉を捜すが、彼が、英単語を探しているわけではないことは、すぐにわかる。サイゴンで、あの、サイゴン、現存政府の象徴的な人物の名を冠された、にも拘らず、誰もがサイゴンと呼ぶ都市。わたしたちは知らない、Thổ は言う、誰がいつどのように死ぬのか。何故死ぬのか。しかし、嘗て、南ベトナムの首都で、歴史的なあの日に陥落し、いまや存在しないはずの都市、サイゴン。私たちは唯、彼が死んでしまったことだけを知っています。ならば、人々がサイゴンと呼ぶサイゴンはいったいどこにあるのか?サイゴンとは、どこなのか?私は微笑み乍ら、Thổ の肩にやさしく触れ、この、これ見よがしなほどに紳士的で教育された男が、サイゴンの、その中心に立ち乍ら、そして、サイゴンの路面に触れながら、しかし、ここにはサイゴンなど最早存在してはいない。親密に、やさしく、私を抱きしめるのにまかせる。その絵はサイゴンのそれとは完全に違う表情を持っていた。それを明確に言うことができない、明確な意志によって描き分けられているとはいえない、同じタッチ、同じ技法、同じ主題、しかし、それは明らかにサイゴンのそれとは違っている。ややあって、Nam が背後から、気に入ったのか?と言い、わたしは笑いかける。画廊の番をしている少女に何かが話しかけられ、奥から出てきた五十代の、ベトナムではめずらしい長髪の男性がややあって、短いやり取りの後、持って来た古い新聞の切抜きに、私は彼を知っている。サイゴンのスマホで見たのと同じ顔だった。崩れた顔が、紙に印刷された白黒写真の中で、より凄惨な印象を与える。損壊され、破壊され、惨めに曝された顔。Nam がわたしに言った。彼はダナン市に住んでいるらしい。すぐ近くだ。彼はバイクのハンドルを廻す手つきをして、行ってみるか?私は言った。行ってみよう。いつ?そう、来週の週末に?画廊の主人は私に画家のアドレスを書いたメモを渡し、彼は画家なのか?と Nam に言ったに違いない。Không... と Nam は言い、彼は好きなんだ、絵が。そうか。だって彼は日本人だから、と彼は言っているの違いない。やはり、雪が降っている。海に。白く、雪が降っていた。波が半ば凍りつきかけたように、静かに、さざ波しかたててはいない。むしろ、しずか過ぎる雪の中で、色彩さえ失いかけ、本来の青さも、あのべたつく潮の気も、それらを持ち得ていた記憶をかすかに暗示させたにすぎない。痕跡として。かろうじてそれは海であることを識別させる空間に
作品名:蘭陵王…仮面の美少年は、涙する。 作家名:Seno-Le Ma