旧説帝都エデン
「輝き続けなきゃいけない光に比べて闇は楽なもんさ。光が力尽きるのをじっと待っていればいいんだから」
言い残して気配は完全に消えた。
戦いを終えた女帝は円卓に腰掛けた。
「あの子も譲らないよね。アタシも譲る気なんてないけどさ。だからずっと戦い続けてるんだけど」
そこにアインが言う。
「しかし、最後は必ず我々が勝利すると私は信じております」
揺るぎない信念だったが、すぐにそれは女帝によって否定された。
「昔はアタシもそれに躍起だったけど、今じゃどうなんだろーって思うよね。だって未だに勝負はドローのまま。今はかろうじてアタシが優位になってるけどさ。そもそもさ、勝負なんてつくはずないんだよ。だって双子で片方が消滅したら、もう片方も消滅するんだし。だったらなにをもって勝利とするの?」
だれもその問いには答えなかった。
女帝は溜息をついた。
「今度妹に会ったら聞いてみよ」
けれど、すぐに首を横に振って、
「やめた。きっと妹もアタシと同じ考えだから」
この姉妹は表裏一体。
答えは初めからわかっていた。
陽が落ちた。
湖の畔で月を詠むセーフィエルが佇んでいた。
女帝との対面を果たし終えたセーフィエルは結果として何を残したのか?
彼女は何のためにあの場所に赴いたのか?
1つ断言したことがある。
――何があろうと娘は救い出しますわ。
そのためにセーフィエルは何をして、何をこれからする?
森が不気味なほど静まり返った。
風もない。
だがゆらめいている。
現れた少女の影――ダーク・ファントム。
「失敗しちゃったよ」
「それは残念だことですわね」
「せっかくキミに道を切り開いてもらったのにね。きっと防衛が強化されるよ」
帝都政府の中枢〈夢殿〉に侵入を果たしたダーク・ファントム。その手引きをしたのはほかならぬセーフィエルだった。
ダーク・ファントムは無警戒でセーフィエルの目の前までやって来た。
「それにしても、まさかキミがアタシの味方をするとはね。前にここでキミに会ったとき、あれは明らかにアタシを倒そうと画策してるように思えたんだけどね」
神刀月詠の件だ。
「はじめからわたくしは誰の味方でもありませんわ」
「それにしては向う側に肩入れしていたけど。だってキミは元々アタシの眷属の筈なのに。しかも〈裁きの門〉なんて厄介な物まで創ってアタシを封じ込めたんだから」
「わたくしを怨んでいらっしゃる?」
「そーゆーのには興味ないよ。それにさ、アタシを封じ込めた罰をキミはすでに十分受けているでしょ?」
揺れる影が笑った。
セーフィエルの目つきが変わる。凍てつく瞳。その瞳で見つめられた世界はダーク・ファントムを残して戦慄した。
ダーク・ファントムはわざわざセーフィエルに近づき、その瞳を眼前から覗き込んだ。
「キミとアタシは目的こそ違えど、課程という点では一致してる。キミの目的は娘のノイン――いやシオンを取り戻すことだよね。彼女は今アタシを縛る枷となりいっしょに幽閉されてる。つまりアタシが脱獄すれば、彼女もこの世界に舞い戻るって寸法だよね?」
「それが半分の目的」
「半分?」
「元々のセーフィエルの目的ですわ」
「転生後のキミの目的もあるってことかな?」
「そうね」
「それはどんな?」
「どんなかしら、うふふ」
はぐらかすセーフィエル。
おそらく人間であるセーフィエルの目的は、アリスに関わることだろう。
「ま、いっか」
あっさりとダーク・ファントムは追求せずに引いた。
ダーク・ファントムは一度背を向けてセーフィエルから離れ、かかとで体を反転させて再び顔を向けた。
「ところでさ、どうやってアタシを復活させてくれるのかな?」
「まずは〈裁きの門〉を開かないことにはどうにもならないですわね。さらに〈裁きの門〉を開く前にもいくつかの結界をどうにかしなければならないわ」
「最大の結界は〈ヨムルンガルド結界〉だよね? あれを考案したのもキミだ。実際に形にしたのはズィーベンだろうけど」
「すでに〈ヨムルンガルド結界〉の問題は大方片付いていますわ。あなたもいくつか片付けてくれていたから、わたくしは最後の仕上げをしただけですもの」
〈ヨムルンガルド結界〉に大きな変動をもたらした事件は、帝都タワーの破壊と神威神社の全壊だろう。
「最後の仕上げっていうのはなに?」
「蛇に毒を盛りましたの。外から飲ませたのではなく、体の中から毒を飲んでもらったの」
「どうやったの?」
「どうやったのかしら?」
静かにセーフィエルは笑った。
ここでもダーク・ファントムは特に追求しない。
「ふ〜ん。じゃあ次はどうするの?」
「〈裁きの門〉を召喚いたしますわ」
「あれを召喚できるのはあっち側の奴らだよね?」
「今は女帝ヌル以下、ワルキューレに名を連ねる者のみ」
「そして本当の意味で開くことができるのは、アタシの眷属の一部。今じゃキミだけでしょ?」
「いいえ、わたくし以下の血を引く者ですわ」
「いつの間にかそういう仕様にしたんだね。それにしても元々あれはアタシと姉上で考案して使っていた物なのに、まさか自分が閉じ込められるハメになるんなんて、酷い皮肉だよまったく。しかもアタシを閉じ込めるために、わざわざ深い階層まで新たに創ったりなんかしてね。嫌がらせにもほどがあるよ」
〈裁きの門〉の奥深く、さらに深い階層にある〈タルタロス〉に〈闇の子〉は幽閉されている。
「あなた方双子は自分たちが堕とされた時の再現を自分たちに刃向かう者にした。でもあなたにも罰が回ってきたようですわね」
人間の歴史など及ばないほど昔、まだ〈光の子〉と〈闇の子〉の戦いがはじまる前、〈裁きの門〉はセーフィエルによって設計され創られた。
「だからって2度も堕とされることはないと思うけど。だったらさ、いつかアレも堕とされることになるのかい?」
「いいえ、子は親を超えることがあっても、創造物は創造主を超えられないというのがわたくしの持論ですわ」
「そーゆーのは納得できないからアタシらは叛逆したんだけどね。たしかに結果として今のところ、キミの言うとおりになってしまってるけどさ。でもアタシは〈裁きの門〉を出て、姉上との決着をつけたら、絶対に楽園に戻って見せるよ」
「決着がつけばいいけれど」
「…………」
なぜかダーク・ファントムは押し黙った。決着をつけると言ったばかりなのに――。
何事もなかったようにダーク・ファントムは口を開く。
「まあいいさ、今は〈裁きの門〉から出るのが先決だからね。姉上とワルキューレだけしか開けない門をどうやって開かせるつもりなの?」
「どうやるのかしらね?」
またはぐらかした。
「またそれか。でもちゃんと開くならいいさ、気楽に待ってるから」
「開く手はずは整えていますわ。問題は最後の結界をどう解くかよ?」
「アタシを閉じ込めてる〈柩〉かぁ。中からはまったく壊せないし、扉を開いた後、悠長に外から壊してるヒマもなさそうだよねぇ。まずは〈柩〉を別の場所に運んで隠すのが先決かな」
「あなたがそうしたいのならどうぞ。わたくしの目的はそこまで必要ないですもの」
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)