旧説帝都エデン
「それは偽物なの。あなたを試したのよ」
なんとセーフィエルは、マナが自分の道具と取り替えることを見越していたのだ。
セーフィエルは自分が持っている三日月の器で、冬の泉の水を汲み取り、それを銀の髪飾りで梳いて清めると、持っていた子瓶に移し変えてマナに渡した。
「これはマナの分」
「えっ?」
「差し上げるわ」
「どうして?」
セーフィエルは答えなかった。
換わりに道を指差し、
「帰り道は楽よ。トラップはなにもないから、道を進めばすぐに出口に出れるわ」
「どうして私に親切にしてくれるの?」
やはりセーフィエルは答えず、先に道に行ってしまった。
残されたマナはセーフィエルから受け取った子瓶を眺め、これが本物なのか疑った。
マナは無事に冬の泉で材料を調達し、手こずったが加工してアミュレットを作ることに成功した。
出来立てをすぐにファウストの元に届けると、その部屋にはすでにセーフィエルがいた。セーフィエルに遅れを取ってしまった。しかし、肝心なのはアミュレットの出来具合だ。
マナとセーフィエルのアミュレットは、ネックレスなどの装飾品に加工されていないため、楕円の宝石に見える。
蒼い光を放つ塊。二人の作ったものは、見た目ではまったく同じに見える。
ファウストは二人からアミュレットを受け取り、両手に分けて握り締めた。
「さて、今から私が二つのアミュレットに、同じ力を同時に加える。先に壊れた物を負けとする。いいな?」
問われた二人は頷いて見せた。すると、ファウストを取り巻いていた気が変わった。
物理的な力ではなく、魔導をファウストの両手に集中される。
魔導による負荷を徐々に加えていき、先に耐えられなくなったアミュレットが壊れる。
ピキッとひび割れる音がした。
どちらのアミュレットか?
マナの物は右手、セーフィエルの物は左手。
再びひび割れる音がした。
「勝者が決まった」
ニヤリと嗤い、ファウストが両手を開いて見せた。割れて砕けていたのは、左手に握られていた物。
「やったわぁん、私の勝ちよ!」
喜ぶマナはファウストから自分のアミュレットを奪い取り、ペットを愛でるように頬擦りをする。
「おほほほ、やっぱり私には魔導具を作る才能もあるのね!」
上機嫌のマナはスキップをしながら部屋を出て行ってしまった。ファウスト見返すことも忘れ、そのファウストがしゃべる前にだ。
長い前髪を掻き上げたファウスは横目でセーフィエルの瞳を見つめた。
「イカサマにも気づかぬとは、マナの修行は基礎からだな」
「さすがはお師匠様。お気づきになられていたのですか?」
意味深なことを言うセーフィエルにファウストは頷いた。
「マナが持ってきた物は、おまえが作った物だな?」
「はい、その通りです」
「魔導具には多少なりとも、製作者の気が混じる。おまえが持ってきた物がマナの作ったものだな?」
「マナが目を放した隙に取り替えました」
実は、マナが自分は作ったと思い込んでいるものが、セーフィエルの作ったアミュレットだったのだ。
「どうしてそんな真似をした?」
「彼女は虚栄を実力に、傲慢さが彼女のエネルギーソースです。自身さえあれば、彼女の魔導は磨きがかかります」
「ふむ、だかが私はマナの祖父から傲慢さを治して欲しいと言われたのだがな」
「今はまだ早いと思います。落ち込んだり、愚かさを知り、それを力に変える精神はまだマナに培われていません。今、彼女は挫折したら、立ち直れなくなりますわ」
ファウストはしばらく黙ってしまった。
なんて恐ろしい娘を弟子にしてしまったのだろうと思った。
本当に見た目の年齢だけを、この娘は重ねているのだろうか?
幼い女児の思考とは到底思えない。
しばらく黙っていたファウストが重い口を開いた。
「どうして私の弟子になった?」
「学ぶことがあるからですわ」
本当にそうなのだろうか?
教えられずとも、セーフィエルは学ぶ力を持っているように思える。
セーフィエルは三日月の口で微笑んだ。
「まだお師匠様は、わたくしよりも格が上ですもの」
「おまえは私を越えるか?」
「いつか必ず」
ニッコリと微笑んだセーフィエルは一礼して、この部屋を静かに出て行った。
二人の魔女(完)
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)