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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 しばらくして、悠長な足取りで現れた。その手には一振りの刀が握られている。この神社に代々伝わる神刀――月詠[ツクヨミ]だ。
「お待たせいたしました」
 一礼した雪兎は鞘から刀を抜いた。
 その磨き上げられた刀身が陽光を反射して輝く。しかし、その輝きは燦然としたものではなく、どこか静かな海のようであった。
 抜かれた刀の切っ先は蜿に向けられていた。
「俺様を斬るのか?」
「いいえ、あなたさえ動かなければ、肉体を傷つけることはありません」
「わかった」
 蜿は相手の要求をすんなりと呑んだ。
 弟の横に立っていた紅葉が距離を置いて離れる。
 照りつける太陽。
 沈黙がしばらく続く。
 刀を構えなおす雪兎。
 その額から一粒の汗が流れ落ち、地面の上で四散した。
 ――刹那。
 疾走した雪兎の突きが蜿の心の臓を貫いた。
 たしかに神刀月詠は蜿の身体を貫き、切っ先が後ろに抜けている。それでも蜿は悶え苦しむこともなく、一滴の血すら地面に零れ落ちることはなかった。
 ――まさに神業。
 だがしかし、急に蜿は膝を地面につき、苦しそうな荒い呼吸をはじめたではないか!?
 暴れているのだ。蜿の身体の中で?何か?が暴れているのだ。
 蜿の身体から刀を抜き取った雪兎はすぐさま後ろに飛び退き間合いを取った。
 身体が蠢いている。白い装束を着た蜿の身体が波打つようにうねっている。そして蜿の口が、中から大きくこじ開けられた。口のサイズからは到底想像もできない巨大なモノが外へ出ようとしている。
 汚らしい音ともに蜿の口から?何か?の頭部が出た。
 金色に輝く眼を輝かせ、長い舌をしゅうしゅうと音を立てながら出し入れしている。
 雪兎は蜿の口から吐き出されたモノと対峙した。対峙したと言っても、雪兎は首を大きく曲げて上を見上げている。そうしなくては、?大蛇?の顔を見ることができないのだ。
「神格を兼ね備えているようですが、纏う氣はとても邪悪なものですね。この邪気を取り払えば……」
 こう独り言を呟く間も、雪兎は大蛇と睨み合いをしていた。
 蛇に睨まれた蛙とはよく言うが、雪兎は決して蛇に引けをとっていない。だが、雪兎が少しでも気を抜けばその瞬間に襲って来るに違いない。
 先に仕掛けたのは氷の眼をした雪兎であった。
 刀を振り上げ飛翔する雪兎に、巨大な大蛇の頭部が襲い来る。
 雪兎の眼前まで迫る大蛇の頭部。そこで彼は〈視て〉しまった。
 現実の時間にすれば、それは刹那であった。しかし、雪兎にとっては永遠にも等しかったかもしれない。
 空中で大蛇と対峙した雪兎は、大蛇の〈内なる世界〉を〈視た〉。
 この瞬間、雪兎は?この街?の真理を知った。
 ――時間が動き出す。
 雪兎の一刀は大蛇の眉間に突き刺さった。
 怒り狂う大蛇は大きく首を振ったが、それでも雪兎は柄から手を離すことはなかった。
 首を振る大きく振る大蛇に、雪兎の身体は弄ばれる。
 そして、神刀月詠は折れた――切っ先を大蛇の頭部に残したまま。
 地面に大きく放り出された雪兎は、受身を取ることなく激しく地面に叩きつけられた。
 このときすでに、雪兎とには正常な意識がなったのだ。〈内なる世界〉を〈視た〉ことにより、雪兎の意識は大蛇に一刀食らわす前に途絶えていた。刀を握り続けていたのは本能だ。
 地面に叩きつけられた衝撃で、雪兎は正常な意識を取り戻した。そして、彼は呻くように言葉を零した。
「あれは……この街を……取り巻く存在だ……」
 大蛇が蜿の口に呑まれて行く。いや、自分の住処へ帰って行く。
 このとき、大蛇を取り巻く邪気は消えていた。そして、眉間に刺さっていた折れた刀もだ。刀は大蛇の身体へと吸収され、神聖なる刀は大蛇の内から邪気を祓ったのだった。
 地面に膝をつき立ち上がろうとする雪兎に、紅葉は手を貸しながら尋ねた。
「あれはなんだね?」
「この街の一部ですよ。この街が穢れれば、あの大蛇も穢れます」
「私も先ほど、そう解釈した」
「あなたも〈視た〉のですか?」
「君が〈視た〉とき、横から少し覗き見できた程度だ」
 二人の男は思い表情をして、同時に地面で倒れている蜿に眼を落とした。
「運命を背負ってしまった」
 と呟いたのは誰だったのだろうか?

 手術台に腰をかけるセーフィエルは、その夜闇よりも黒い瞳で、目の前の蜿を覗き込んだ。
「うふふ、あなたの内には、まだ月詠の波動が残っているわ。実はそれが欲しいの」
「なんだと!?」
 蜿は声を荒げた。
 大蛇に吸収された神刀の一部は、今もなお邪気を祓う力を維持していた。もし、その力が失われれば、たちまち大蛇は邪気に覆わることになる。そして、その宿主である蜿もまた邪気に呑み込まれるだろう。
 セーフィエルは夜風のようなため息を吐いた。
「やっぱり無理な申し出かしら?」
「ああ、無理だ」
「神刀月詠を修復したのに、残念だわ」
「修復だと? なんのためにだ!?」
 また蜿は声を荒げた。
 相手の意図が見えない。まるで闇と会話しているようだ。
「なにのためかは秘密よ。けれど、月詠は我が一族をつくり上げ、神威神社に奉納した品。本来の正当な所有者の手になければ困るのよ。つまり、月詠は神威家の当主である雪兎が持ってこそ真の力を発揮する」
「真の力だと?」
「月詠はこの世ならぬモノをも斬る力があるの。それと同時に〈視る〉力も持っているわ。〈視る〉力については、あなたも理解していると思うけれど、どうかしら?」
「ああ、その力が?スキャン?だ」
 蜿の有する特殊能力のひとつ、それが?スキャン?だ。?スキャン?は手のひらによって、モノを〈視る〉ことのできる能力だ。この能力は月詠が大蛇の内に吸収されたあとに、開花した能力だったのだ。
 セーフィエルの繊手が、そっと蜿の左胸に触れた。
「無理にとは言わないわ。断られるのはわかっていて頼んだの。ただ、真物の月詠がどのようなものか知りたかっただけ」
 輪郭が溶けはじめた。セーフィエルが空間に溶け込むように消えていく。
「月の満ち欠けが、月詠を創るのに良いと告げているわ」
 そして、セーフィエルは声だけを残して姿を消したのだった。

 ゴッドハンド 完